スプレナイトショー
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団地妻の朝は早い。夫が仕事へ行く前にお弁当を作るべく一刻の猶予も許されないその時間帯は、まさに戦場の如し。

日の出と共に起き、日の入りと共に眠る。それが彼女にとって理想的なペースである。そのため彼女は夜更かしすることもなければ、最近はセックスもしていない。

夫の帰りは遅い。彼は残業に次ぐ残業の上に上司の接待で毎晩飲み歩いており、帰るのは夜更け。睡眠時間も三時間はざらである。そのため優等生的生活リズムである彼女との生活時間は決定的に合わない。なぜ彼女らは結婚したのだろう。それは私にも分からない。

このままではまずいと彼らは思っていた。このままでは行く末は圧倒的な離婚であると、それはもう決定的な離婚であると彼らは思っていた。しかし彼らは互いに愛し合っていた。そこで何かしらの工夫が必要だった。

その決定打はハロウィンにやってきた。彼らはお互いに約束をし、仮装をして夜を迎えようということになった。彼は有休を取り、彼女は献立を仕込んだ。

彼らはお互いに試行錯誤をして、それぞれの思うままにそれぞれの格好をしようと、それぞれべつの場所で買い物をした。彼らは互いに互いを驚かそうとにやにやしながら仮装選びに励んだ。

そして舞台は夜の六時。彼女はちゃんと眠らないように眠眠打破を飲んだ。それでも眠いので二本飲んだら何だか気持ち悪くなった。

夫が寝室に、彼女はキッチンに行きそれぞれ着替えをした。彼らの鼓動は高まる。

彼女はサンタクロースの格好をしていた。どう考えてもまだ早いというより完全に季節を先取りしすぎていた。まるで通販のファッション雑誌である。企業の早め早めの戦略に彼女はなんと乗っかってしまった。

彼は無難にドラキュラだった。これが無難と言っていいのか分からないが、とにかくハロウィンといったらドラキュラだろうという先入観が彼にはあった。彼は黒いマントに偽物の歯を入れ、耳を尖らせ役になりきった。

彼らはお互いにお互いの姿を確認し、まあこんなものだろうと納得し、それなりに満足し、そして夕飯を食べた。夕飯はシチューだった。

彼は彼女のミニスカサンタぶりを見て、ベタだとは思いながらも萌えていた。彼女はもともと可愛かったから、手抜きさえしなければ魅力は存分にあった。

彼女は彼のドラキュラ姿を見て、ホラー映画熱に火が点いた。そういえば昔はゾンビのコスプレとかしたなあと思った。もっと激しいものにすれば良かっただろうかと少し考えた。

彼らの思惑は少しずつズレながらも、彼らは互いにそれなりに興奮し、そしてそのなりゆきとしてセックスをした。彼らの相性は決して悪くはなかった。ただ少しの刺激が足りなかった。それを仮装が克服したのだ。

クリスマスの日に彼がサンタクロースの格好をしたところ、彼女がゾンビ姿のナースの格好で現れて彼は大変びっくりした。それはなんだと彼が尋ねたところ、サイレントヒルのバブルヘッドナースだと彼女は答えた。

彼は大変なショックを受けたが、しかしそれはあまり顔に出さずに坦々とチキンを食べた。

彼はそれではあまりに愛せないと寝室で彼女に言ったので、彼女は仕方なくマスクを取った。目鼻がなくグロテスクなマスクを取ると下は単にエロいナースだったので、彼は喜んで彼女を愛した。彼女としては不本意だったが、まあ彼の言い分も一理あると彼女は思った。

彼が彼女のコスプレに楽しみを見つける一方で彼女のホラー熱は増していき、彼女のクローゼットは異形の者たちのコスプレで溢れていった。子どもが見たら卒倒するようなその光景はとても人様に見せられるようなものではなかったが、彼はそれなりに受け入れていたので彼らの世界はちゃんと成り立っていた。ゾンビも見つめようによってはそれなりにエロく、また彼女の身体もそれなりにエロかったので、彼は工夫次第で幾らでも彼女に萌えることが出来た。また彼女の欲求は確かにエスカレートしてはいたが、彼の言い分にもちゃんと耳を傾ける理解の良さは残っていた。

彼が彼女とセックスをする時には衣装を汚さないように気をつける。一度調子に乗って衣装を破いてみたら彼女に包丁を向けられたことがあったので、それからはちゃんと衣装は大事にするようにしている。衣装はそれはそれは高いのだと彼女は懇切丁寧に説明する。彼はそれにうんうんと頷く。そうして彼らはセックスをする。衣装を丁寧に脱がして、または脱がさずに上手くずらして、彼らは互いに互いの性欲を刺激しながらお互いを愛する。それは非日常ではありながら日常へと続く、不思議な回廊である。衣装を纏った彼女は日常ではありながら日常ではない。二次元でもなければ明確な三次元でもない、次元の入り乱れた欲望装置である。

彼は彼女を愛する。団地の一室の部屋の中で、ベッドの音が軋む。朝焼けが部屋を包む。彼女は恍惚な表情で彼の首に腕を絡め、光が彼女の身体を照らしていた。



(あとがき)

お題:団地妻の朝日




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