火ランタン 〜怪談部の夢物語〜
遠上可憐 篇


8 文学少女と夜の図書室


私は夜な夜な図書室に忍び込んで本を呼んでいる。

知識は力だ。

私の父はよく私にそう言い聞かせた。

私の最近のお気に入りは、川端康成の「掌の小説」である。それは彼の短篇集で、さすがノーベル賞作家だけあって文章がひと味違う。何気ない平易な文章なのにその中にたっぷり味がつまっている。おでんの大根でその店の味が分かるなどとはよくいうが、川端の文章には隅々までよく味が染み込んでいるのである。

私の家はそれほど裕福ではない。下に三人も妹がいる。だから私の好奇心を満たすだけの本を買ってもらうことはできない。それなら放課後に読めばいいという話だけれど、私は掛け持ちで陸上部にも入っているから、当然ながら放課後は忙しい。本を借りればいいじゃないかとはよく言うが、私は気になる本が多すぎて、それら全てを借りようとすれば両手ではとても持ちきれないのだ。その中から一つなど決して選べない。結果として、私は夜な夜な図書室に忍び込むことになった。


ある日私がいつものように夜な夜な本を探していると、いつもと違う棚を見つけた。あれ、こんな棚あったかな、私は少し考えた。そこには禁書指定の棚と書いてある。私はこの図書室の棚は全て把握していると思っていた。

あれ、私はいまどこの棚にいるのだろう。不思議に思って最初の棚から数えてみる。情報、哲学、神学、法学、etc…。

棚が一つ増えている。いつもはこんな棚なかった。どうしたのだろう。私の数え間違えだろうか。それとも、元々この棚はここにあったのか。

私は脳内の思考回路をぐるぐると回転させる。記憶の棚を大急ぎで探す。しかし、やはりこんな棚あるはずがない。明らかに棚が一つ増えている。

私は冷静になって考えてみる。あるものはあるのだ。今目の前に確かに本棚があるのだから、疑っても仕方がない。私は思考を切り替えて、目の前の本棚を探ってみた。

一冊目は「ドグラ・マグラにみる精神病の類い」。ドグラ・マグラとは夢野久作による精神病棟に閉じこめられた男女の物語である。あの本を読むと発狂するとまことしやかに語られているが、少なくとも私は発狂していないから、たぶん大丈夫なのだろう。それにしてもなぜこの本が禁書なのだろう。実際に危ない実験でもしてしまったのだろうか。

次の本は「薬草における毒物の抽出法 〜精神錯乱に陥る危険物質の扱い方〜」。これは単純に人体への影響を考えてのことだろう。毒物とは麻薬物質のことだろうか。それとも何かそれを越える危険物質があるのだろうか。

続いて「隠された歴史 〜江戸末期における空白の十年間〜」。これは何だろう。陰謀論だろうか。実は世界はユダヤ教が支配しているのだという言説はよく聞くけれど、これもそのような類いだろうか。2012年に世界が滅ぶとかいうのと大して変わらない気がするけれど、しかしいったい何を隠しているのだろう。こういうのは大抵裏で暗殺があったと相場は決まっているのだけれど。

私は並べられた数々の禁書が気になってたまらず、いつまでも本を眺めている。気付けば時計は夜中の2時になっている。私はある本の一文に目をやる。

“ この呪文を唱えて閉ざされた扉を開け ”

閉ざされた扉。どこのことだろう。隣には何か記号のような文字が書いてある。これが呪文だろうか。私はその呪文を指でなぞる。私の指先が熱くなる。すると書かれた呪文が光り、私の中に吸い込まれる。私の中に、ある映像が浮かぶ。これは、図書室? 図書室の中だ。図書室の9番目の棚。禁書指定の棚だ。その奥にある床が開く。奥にあるのは、地下室だ。地下室の中にある、閉ざされた扉。映像はそこで途絶える。

私は吸い寄せられるように本棚の奥へ歩く。床が開く。目の前にある、閉ざされた扉。地下室の中は、埃の臭いで充満している。

私はつぶやくように、自分に吸い込まれた呪文を唱える。それは古代の魔法だ。夢の世界と現実の世界を繋ぐ魔法。扉がゆっくりと開く。私は扉の向こうへ、一歩踏み出した。


(あとがき)
旅立ちの時です。




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