鬼火ランタン 〜怪談部の夢物語〜
5 夢の羊
僕は夢の中で、羊の夢を見る。
羊の鼻提灯が空に浮かんで、羊の夢が透明な膜に映る。羊が一匹羊が二匹、夢の数だけ、羊が眠っている。
僕はそのうちの一つを手にとってみる。
目が覚めると、僕は羊のぬいぐるみを抱いている。可憐が僕の部屋に置いていったものだ。僕は目覚まし時計を切って、スリッパを履く。
朝食はいつもあまり食べない。フルーツジュースを口に含むか、まれに少しのパンをかじる。寝起きの水は飲むけれど、それ以外はあまり胃を動かしたくない。
僕は無心で食器を洗う。
身体を動かすということは頭を空っぽにすることに役立つ。僕にとってそれは家事も含まれる。僕は何も考えずに食器を洗い、そして何も考えずにテーブルを拭く。
あれこれ考えたあとには、一度頭を空っぽにする必要がある。そうしないと、頭のメモリがパンクし、そのうちフリーズするからだ。
僕の家には両親がいないから、今は祖母と二人で暮らしている。家事は当然僕がやる。祖母も一緒に家事をする。僕は基本的に祖母によって育てられ、そして今のように大きくなった。僕は大変祖母について感謝しているし、また僕は自然に家事が得意になった。
たとえば料理は一つの化学だといえる。適切な分量を正確に調合し、そして最適な味を作り出す。僕は料理が好きだ。それはとてもわかりやすく結果が出るものだし、また自分が上達したことが明確に分かるからだ。
「今度は魔法の修行でもするの」
可憐が僕に向かって言う。
「せっかくだから、呪文の一つでも覚えようと思って」
僕の家には、昔から本が沢山あった。両親が残した本の山が、僕にとっての教師だった。僕の中学時代は、両親のいない寂しさを紛らわすために、本を貪り読んだ記憶だとも言える。
僕の父親はオカルトが好きだった。それはホラーから、UFOから、超能力から、古代文明まで。父の残したありとあらゆる本の大半は、オカルト系の書物だった。一方で、僕の母親は科学が好きだった。Newtonやら、素粒子理論やら、超ひも理論やら、科学の最先端の本を母は集めていた。僕はそれらの本から、世界の不思議について学んだ。最終的にどちらも目指しているのは目に見えないモノの探究だったが、そのアプローチの違いに僕は興味を持った。
父は蠍座だったが、母は水瓶座だった。どちらかというと父は嫉妬深かったが、母は自由奔放だった。どちらも探究心は凄かった。蠍座は溢れるエネルギーが犯罪に向かうこともあれば、キリストのように善行に向かうこともあるという極端な星座だ。水瓶座は一人の人よりも、全人類を愛すると云われる星座だ。そうして、世の中の不思議な事を直感的に理解するのだ。父はいつも母の行動にそわそわしっぱなしだった。しかしそんなことを表情には絶対に見せなかった。時々僕にこっそり教えてくれた。
そして、射手座の僕が生まれた。
僕は十二月の寒い朝に生まれた。まだ草木も眠る、午前4時。僕は特に母親を困らせることなく、すっきりと生まれた。ぷくぷくと太った子どもだった。
「あの先生、本当に信用できるの?」
可憐が少し笑って言う。僕は少し考える。
「何となく、父さんに似てるんだ」
少し神経質なとことか、奥さんを愛してるとことか。
部室にはもう人が集まっていた。僕たちには珍しい朝練である。
「では、今日から君たちに指導するDr.Mである。M先生と呼ぶように」
「どうしてイニシャルなんですか」
夢花が先生に尋ねる。
「こっちの方が雰囲気が出るだろう」
僕たちは先生の指導する呪文を真似る。白いチョークで、机に円と線を描く。これは魔法陣と呼ばれるものだ。その真ん中に、図工室にあるようなおがくずを一つまみ置く。すると魔法陣が反応し、真ん中のおがくずに熱が集まり、少しずつ白い煙が出だした。
「うおおおぉ!すげぇ!」
ヒデがそれを見て叫ぶ。
魔法陣を描くには適性がある。それは感性の介入する余地はなく、正確な円と線の設計図が要求される。かつて悪魔との契約によって導き出した魔法の円と線を、魔法使いたちが長年かけて後世に残したのだ。それらは人が生み出したものではなく、本来は悪魔との契約によるものである。それはつまり、悪魔の力を補助するためのものなのだ。それは自由な円と線の描写を許すものではなく、悪魔の力を引き出すための契約印なのである。
僕たちの中で無事に火を出せたのは、夢花と僕だけだった。可憐はどこか細部をアレンジしてしまっていたし、ヒデはそもそも円がちゃんと描けなかった。
「だってこっちの方がかわいいでしょ」
可憐はそういって笑った。
「おれは手塚治虫じゃねえんだ!」
ヒデはそういって怒った。
僕たちの魔法修行は、まだまだ始まったばかりだ。
(あとがき)
彼らの魔法修行が始まります。