ブー、と開幕5分前のブザーが鳴る。本番前、こんなにどんよりとしている王子と姫が他にあるだろうか。幕の降りた壇上では、キャストが客席の様子を窺っていた。
『もう後戻りできないね』
「そうだな」
『レギュラー陣、一番前のセンター陣取ってたよ』
「精市の仕業だろう」
『はぁ、』
転がっていたガムテープのゴミを投げ合う。
「『あ、』」
ガムテープが髪についてしまった。
『え、どうしよう取れない』
「ちょっと待て、無理に剥がそうとすると余計に、あぁもう、触るな」
『伊佐木に怒られるー』
いくらヅラとはいえ借り物、これは頂けない。柳が慎重に一本一本剥がしていく。
「ツンデレラスタンバーイ」
『はーい!』
最初のシーンは私が掃除をしているときに継母たちが帰って来るシーン。壇上からそれぞれが舞台袖に引いていく。
『柳、あとにしよう』
「取れたぞ」
『え、早いね!』
「…………」
『なに』
唇の端に何かが触れた。
「姫、すぐに迎えに行く」
雑巾を持ったまま唖然とした私だけが取り残された壇上。ブザーと共に幕が開いた。
時折客席から笑いを頂戴しながら、話は進む。
「ツンデレラ、留守番を頼んだわよ」
「「よろしくって?」」
『はい、お気をつけて』
パタンと扉が閉まる。
『なにがよろしくって?だ、一生帰ってくんなばーかばーか』
「あらいやだ私としたことが忘れものを……何をしてらっしゃるの?」
『いいえ何も!もう忘れものはございませんか?』
「えぇ」
再び閉じた扉に悪態をついて、自分に与えられた部屋へ。窓から遠くに見える城は賑わいをみせている。
『行ったらご馳走かな、いいなぁ、七面鳥食べたいなぁ』
その台詞を機に舞台は暗転、城へと切り替わる。私は急いで舞台袖に引っ込んだ。
そして始まる前のことを思い出して、ぼぼぼっと熱くなる。正直劇の最初の方は自分がきちんとできたかすら覚えていない。
柳に調子を狂わされているのが非常に気にくわない。
舞台上では城で客人が踊っている。キングはふんぞり返ってそれを見ている。
これから出番を迎える柳が一歩踏み出したのを見計らって、襟元を引っ付かんで引き寄せた。
『待ってるだけは、性に合わないのよ』
ふ、と笑って、今度はしっかりと唇に落とされた。