「みょうじー」
『なんだ千石かよ』
「相談があるんだけど聞いてくれる?」
『ついに妊娠でもさせたか』
「………」
『え、ちょ、まじでか』
「まだわからないんだけどね」
『できてたら認知はしなよ』
「もちろんそれはそうだけど」
『だからあれもこれも手ぇ出すなっつってたのに』
「本命が振り向いてくれないから仕方ないじゃん」
こんな真面目な顔の千石気色悪い。いつものニヤケ面はどうしたんだ。事が事なだけに笑えないけど。
『あんたに本命ねー』
「今笑ったでしょ」
『うん、爆笑』
「ひどい」
『雨降りそーだね』
「聞いてる?」
『ううん』
「ひどい」
『風冷てー』
「あっためてあげようか」
『上着だけ貸して』
「………」
気付けば千石の腕の中。あまりにもその手が震えているから振りほどくこともできない。しばらくはこのままでいてやるか。
そのあと屋上まで探しに来た壇に勘違いされるまであと5分。
「ごめん」
『いいって』
「はぁ」
『落ち着いた?』
「うん」
『練習は?』
「もう少しここにいる」
『そ、じゃあ先行ってるから』
「うん」
曇り空の下。腕を摩りながら校舎に入る彼女の背中を見送る。胸に秘めた想いを伝えることはない。
「みょうじ…好き、君が好きなんだ」
君の名前も簡単には言えないほどに、君を愛してる。