「なまえちゃん」
『ん?』
「これから、どうするの?」
『ヒカルから、ちょっと離れようと思う』
悲しそうに言う横顔に声を掛けることができない。気の効いたこと一つすら言えない。
『あ、でもそうしたら今度はバネさん辺りに依存しちゃいそうだね、困ったな』
「 し、よ」
『ごめん聞こえなかった、何?』
「俺に、依存すれば良いじゃん」
『え、』
沈黙が流れる。その間もグラウンドでは野球部が活発にボールを飛ばし、陸上部のホイッスルの音も聞こえる。いつも聞いているはずのそれらも、今は違って聞こえた。
『どうして、そんなこと、言うの?』
今日は表情豊かだね。あ、でも泣かせてしまったから俺もダビデに殴られるかな。
『こんなこと、したくないのに、どうして?』
「俺は、」
ゆっくりと心の奥深くにかけられた鍵が外れていく。もうどうすることもできない。
「俺は君が、なまえちゃんが好きだから」
『そんな、そんなこと…』
「困るよね?でも抑えられなかった」
首を横に振る。両手で顔を覆って俯いているから、表情を見ることはできない。
『ちが、違うの、そうじゃ、なくて』
「ゆっくりで良いから聞かせて?」
『ただ、嬉しくて…』
今まで直せとしか言われなかったのに、
そう呟くように話す彼女が漸く顔をあげた。今までの、どんな表情よりも綺麗だった。
『たくさん、たくさん迷惑かけるよ?』
「俺は束縛されたいから平気」
『頼って、いいの?』
「うん、大歓迎」
両手を広げれば彼女が飛び込んできた。肩越しに見える空は、すでに夕焼け色も沈みはじめていた。
声が聞こえたら
『これ、なんて言うか知ってる?』
「知ってるよ、共依存だろ?」
『いけないこと?』
「俺達にとっては良いこと」
くすくすと笑う声が教室に広がって、すぐに静けさに包まれた。
『お願い、私の声が聞こえたら、走って来て』
「聞こえたら、じゃないよ」
『え?』
「ずっと、君のそばにいるから」
『ふふ、約束よ?』
「俺からもお願い」
『何?』
「俺を離さないで」
『私も離さないで』
「『約束、ね』」