穏やかな風が教室に吹き込む。彼女は唖然と俺を見ている。もしかしたら彼女は依存症だと言うことには気付いていても、今実の弟に依存しているということに気付いていなかったのかもしれない。だとしたら…
『嘘、嘘よ!』
「どうしたの?」
『景吾にもやめろって言われたのに、気付かないうちにしてるなんて』
「なまえ、ちゃん?」
『どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう』
普段無表情な彼女がここまで乱れると思わなかった。ひどく動揺させてしまったようで、罪悪感を覚える。しかし彼女の人間らしい部分を見て、安心している自分がいるのも事実だ。
『佐伯くん、私どうすればいいの?』
「落ち着いて、とりあえず日直の仕事終わらせよう?」
『う、うん』
漸くいつもの無表情に戻って胸を撫で下ろす。それと同時に汚い感情が少し湧き出てきた。心の奥深くに、固く鍵をかけたはずなのに。
日誌を出して、自販機で缶ジュースを2本。彼女はまだ教室にいてくれているだろうか。おそらくいるだろう。弟に依存するなんて、そう考えこんでいるに違いない。彼女がいつだったか好きだと言っていた林檎味のジュースと、緑茶を手に教室に向かった。
「よかった、まだいた」
『さっきは取り乱してごめんね』
「いや、いきなり言った俺が悪かったよ」
お詫びのジュース、と差し出せば微笑んでありがとうと言う。部活も始まっているだろうけど、日直で遅れると言ってあるから大丈夫だ。今なら誰にも邪魔されずに話ができる。
『佐伯くんは、さ』
「ん?」
『どうして似てるなんて言ったの?』
「似てるよ」
『えー全然似てないと思うよ』
「じゃあ俺のイメージって、どんな感じ?」
『んー、爽やかで、頭良いし、無駄に男前!』
「無駄って!」
『冗談、佐伯くんは完璧だよ、憧れちゃうな』
「ベタ褒めだね」
『だってそうでしょ?』
「俺、そんな良い奴じゃないよ?」
『知ってる』
欠点があってこそ、人間なんだよね。彼女は笑って言うけれど、彼女にその台詞は似合っていなかった。