レギュラスが消えてひと月、あいつが恋慕っていた女を連れて来いと、主は憤慨したように言った。
レギュラスが恋慕っていた女など、彼女しかいない。
『お久しぶりね、ルシウス』
「君は変わりないようだな」
『そう見えるならあなたの目は節穴よ』
彼女は変わらず美しかった。
互いに向け合った杖の先、彼女の頬に幾筋もある涙の跡を見ても。
彼女の手には、レギュラスの写真。
おそらく、彼女もレギュラスに想いを寄せていたのだろう。
いつからなど知る由もない。
それでも、想いを伝えて彼の弱みにならぬように、彼女はその想いを告げることなく、永遠の別れを迎えてしまった。
『殺しに来たの?』
「いや、主が連れて来いと」
『どうせ殺されるのね』
ティーカップに注がれた紅茶に虚ろな目が映る。
『私は闇には染まらない、絶対に』
「……みょうじの誇りか」
『家のことなんてどうでもいい、私は私のすべきことをする』
だから、と言ってティーカップを置いた彼女。姿はもうそこにはなかった。
追うことはしない。否、出来ない。私には出来ないのだ。
彼女を殺めることも、彼女を闇に染めることも。
ホグワーツの理事を勤めて幾年か、主がたった一人の赤子に打ち負かされて数年が経った頃、彼女はホグワーツに戻って来た。魔法薬学準教授として。
日を追うごとに血色のよくなるセブルス。彼女が世話を焼いているのだろう。理事会でもあの二人はできているだなんだと話題になっていた。
ホグワーツのマドンナが陰湿な蝙蝠と?なんの面白みもない。理事会を終え、ホグワーツの長い廊下を歩く。
『ルシウス!』
「……、」
『あなたにお礼が言いたくて』
「礼を言われることはない」
『私を追わなかったでしょう?行き先は分かっていたくせに』
振り返らず、黙秘で答える。私はあのとき追わなかったのではない。追えなかったのだ。
光を消すことを畏れたから。
『だから、ありがとう』
歩き出した背中に言葉を受け取る。自分が情けない。守ってやることも、苦しみから救ってやることもできない。
誰かのために泣くのは、これが最後だ。