四天宝寺との練習試合から3日経った。あれから切原はまだぎこちなくて、それでもだんだんと普通に接することができるようになってきた。そんな日の放課後、私は一人教室に残って日誌を書いていたのだが、
「なまえー」
『仁王、重い』
「真田に打たれたんじゃ、慰めて?」
『打たれるようなことをした仁王が悪い』
「冷たいのぅ」
『とりあえず退いて、日誌書けない』
部活中にも関わらず仁王は今こうして私に乗っかっている。ようやく背中から重みが消えて、今度は前の席に座る。詐欺師よ、何がしたいんだ。
『部活行かなくていいの?』
「さっき真田に打たれたんじゃもん」
『ほんと、何したの?』
日誌から視線をあげて初めて仁王と視線を交わした。どきりとした。いつもの挑戦的な目でもなく、人を探るような目でもない。至極穏やかな目をしていた。
「なまえが、本気にさせるから悪いんじゃよ」
不意に唇に温もりを感じてはっとする。大変なことが起きていると言うのに、頭は酷く冷静で、もう一度顔を近付けてきた仁王を日誌で遮る。
『なにすんだ色魔』
「なにって、言っても伝わらんから態度で示しただけじゃ」
『はあ?』
「俺は、赤也とは違うぜよ」
そう言って教室から出て行った仁王。日誌を持つ手が震える。今になって現実を理解した。仁王は、本気だったんだ。
気が重い。教室に行くのも億劫で朝から保健室に直行した。教室に行けば昨日のことを思い出してしまう。それも一つの理由かもしれない。保健室の先生とは気が知れているからすぐにベッドを借りることができた。今はポケットで震える携帯を見る気にもならない。恐らく幸村か、丸井の菓子請求メールか、日曜から連絡を取り合っている謙也くんの誰かだろう。心の中で見えない相手にごめんと言って、そのまま眠りについた。
私を呼ぶ声に気付いて目を覚ませば、そこにいたのは意外にも柳だった。
「起きたか」
『今何時?』
「もう放課後だ」
『え!』
「さっきまで精市もいたんだが、やはり部長がいなくては」
『そっか』
「俺には言わなくても構わないが、精市には相談したらどうだ?」
『柳はなんでも知りすぎてて嫌だよ』
「褒め言葉として受け取ろう」
『そうだね、幸村には話すよ、心配かけてごめんて言っといて』
「ああ」
『柳も、付き合わせてごめん、それからありがとう』
「礼を言われるほどのことではない」
『じゃあ私帰るね』
「気をつけてな」
丸一日寝ていたなんて、そう思ったけれど幾分か頭がすっきりしている。明日はちゃんと授業も出よう。幸村にも、話してみようかな。