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ベンチからの声援もボルテージが上がってきた頃、なんだか少し疲れたなぁと額に手を当て息を吐いた。こんな風に選手を"見る"のも久しぶりだし、何しろ相手はあのキセくんだ。才能と身体が釣り合いつつあるキセキの世代の分析なんてただこちら側が体力を消耗するだけじゃないか。…分析とか、そんな大それたものじゃないけれど。
「サヤカ?どうかした?」 「いやぁ…やっぱりキセくんは凄いですね!」 「アンタと会話が成立した試しがないんだけど」 「ああほらカントク!余所見はダメです!!」 「え?」
…びっくりした!この人やっぱり目敏いな!あまり人に疲労だとかを察知されないよう訓練したはずなのに。まだまだなのかなあ。 ふぅ…ともう一度息を吐いてコートを見れば、丁度タイガくんがキセくんとの1 on 1に持ち込んだところだった。えーっと、確かさっき、タイガくんが言っていたアレだよね。
「……?何か変わったんスよね?」
一見第1Qと変わらない流れにキセくんは訝しげな視線を送っている。…まぁ確かにミスディレクションの効力が切れつつあるとはいえ、今のキセくんの頭からタイガくん以外の意識が外れている以上は彼を見つけることは難しいことなのかもしれない。 ドライブでボールを持ち込んでも当然の如くついて来たキセくんを見て、待っていましたとばかりにタイガくんは空いたスペースへとボールを放った。
「っし!」 「オッケ ナイッシュー」
突然現れた黒子くんにキセくんは反応できず、バッチリ通ったパスを受けてタイガくんのダンクは決まった。…うん、いい感じだ。 再びタイガくんにボールが渡り、また同じようにスペースに放られたボールに、流石というか何というか、今度のキセくんは反応してみせた。…でもそれは黒子くんも同じだ。キセくんが対応してきたことを瞬時に察知した黒子くんは、丁度フリーになったキャプテンにパスを回した。
「来たぁ3Pー!!」 「3点差!!」 「ちょっとは見直したかね一年二人!」
綺麗に決まった3Pにキャプテンが振り返っていたけど、タイガくん達は先に行ってしまったいた。虚しすぎる。そして面白すぎる。……でも今のキャプテンのシュートは、本当に綺麗だった。別に疑っていたわけじゃない。でも今のプレーを見て考えが変わった。もしかしたら私、とんでもないチームのマネージャーになったのかもしれない。
「キャプテン!ナイッシューです!!かっこよかった!!」 「橙乃…!!お前いい奴だったんだな!!」 「今更ですね!後でジュース奢ってください!!」 「おお…!やっぱ気の所為だったわ!」 「いいから真面目にやれっ!!」 「ぐえっ!?」
やっぱりとんでもないチームだった。カントク容赦無さすぎだよ!
「…それにしても…意外とイケるわね、あの二人」 「今までは二人のプレーはあくまで別々の攻撃パターンでしたからね。二人がパスで繋がればお互いの選択肢は増えるので、一段と上の攻撃力になりました」
しかもその要である黒子くんはキセくんが動きをコピーできないわけで。 …なんだ、タイガくんちゃんと考えてたのか。キセくんの弱点、そこから導き出される答え。ああやっぱり、バスケは面白い。 タイガくんと黒子くん…この二人なら…
「あっ」 「えっ」
まあ多分…ギリで…いける!よね!
「黒子っち…」 「…黄瀬くんは強いです。ボクはおろか火神君でも歯が立たない。…けど力を合わせれば… 二人でなら戦える」
…黒子くん、本当に強くなったな。 あの時私は全然支えてあげられなかったけど、きっと黒子くんは一人で乗り越えて、強くなった。
「……あーだめだ。私も変わんなきゃなぁ…」 「……サヤカ?」 「あ、なんでもないです。二人のコンビネーションなかなかいいなっていう話で!」 「…うん、そうね。アンタの言葉にいちいちツッコんでたら日が暮れる」 「どういう意味です!?」
みんなそれぞれに、乗り越えないことがあるのだと思うけど、
「なっ…」 「黒子が黄瀬のマーク!!?」
私もちゃんと、前に進まなければ。
「……まさか夢にも思わなかったっスわ。黒子っちとこんな風に向き合うなんて」 「……ボクもです」
とにかく今は、目の前の相手に勝つために。
「どーゆーつもりか知んないスけど…黒子っちにオレを止めるのはムリっスよ!!」
「違うよキセくん。止めるんじゃなくて」 「獲るのよ!」
抜かれた黒子くんはそのままバックチップでキセくんの手からボールを弾いた。 彼がどんなに凄い技を返してこようと、抜かせるのが目的なのだから関係ない。あの影の薄さで後ろから来られたらいくらキセくんでも反応できないはず。 …ん?なんか黒子くんこっち見てる?えっ、睨まれてる!?なんで!!
「こ、これが橙乃の言ってた…」 「お前…やっぱ帝光中一軍マネージャー…」 「だからそれやめてくださいってば!!」
帝光帝光、一軍一軍!関係ないでしょうそれは!大体マネージャーっていうのは選手の体調管理であったりゴールやボールの設備であったり、つまり身の回りのことをするのが主であって……アレ、私いつも走らされてばかりで全然そんなことしてなかった気がする……やばい自信なくした。 ずーんと一人で落ち込んでいると、今度はタイガくんがキセくんの3Pシュートを止めたようだった。そうそう!平面を黒子くんが、高さはタイガくんがカバーするってことだからね。自分でも下手すぎると思っていた説明だったけど、どうやら二人にはちゃんと伝わっていたらしい。よかった。
「行くぞ!速攻!!」
しかしここからだ、という時だった。
「あっ!!?」 「黒子くん!!」
キセくんの腕が思い切り黒子くんの顔に当たってしまった。
「大丈夫か黒子!?」 「……フラフラします」 「救急箱持って来て!」
カントクに言われる前に既に手にしていた救急箱を持ち上げて黒子くんの元に駆け寄った。
「おい…大丈夫かよ!?」 「大丈夫です。まだまだ試合はこれからで…」
しょう…と床に倒れてしまった黒子くんにキャプテンが頭を抱える。急いでタイガくんに黒子くんを運ばせてベンチに寝かせた。…うわ、結構な出血量だな。見た感じ外傷だけでそこまで脳に影響はなさそうだけれど、怪我人を試合に出させるなんてことは絶対にダメだ。
「…黒子くんはもう出さないでください」 「ええ、当然ね。残りのメンバーでやれることやるしかないでしょ!」
カントクの言葉に頷いて、不安そうな顔をしている一年生達に声をかけて黒子くんを慎重に床に寝かせた。全くもう!弱々しい男達だなあ。怪我人よりも顔色悪くしてどうするのさ! ……まぁ、やっぱり黒子くんが抜けるのは厳しいとは思うけれど。
でもそれと同時に思う。きっと、この人達なら。
「大丈夫だっつってんだろダアホ!たまには先輩の言うこと聞けや殺すぞ!」 「…やっぱキャプテンかっこいい…」 「あいにくウチは一人残らず……諦め悪いのよ」
誰よりもバスケを楽しんでくれるだろう、と。
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