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ピンポーン
インターフォンが鳴り響く。お友達よ〜、とお母さんに呼ばれ準備もそこそこに切り上げて玄関に向かった。こんな朝早くから誰だろうか?っていうか友達、なんて言われるとかなり限定されるんですけど。
「はーい…ってあれ、黒子くん?どしたのおはよう」 「おはようございます。早くしてください」 「あっハイ」
催促されるままに家を出る。歯磨きが終わっていてよかった。それにしても珍しいな。こんな早くにどうしたんだろう?
「どうせ橙乃さんは屋上まで辿り着けないと思ったので迎えに来ました」 「…あぁ、本入部届けの…って、私信用されてないね!?」
月曜朝8:40に屋上。 カントクから命じられたそれに従うべく本入部届けを片手に学校に向かう。それにしても、私は屋上にも辿り着けないと思われているのか。屋上なんて階段上がればいいだけだし大丈夫なのに。
「行けない人はみんなそう言います」 「私まだ何も言ってないよ黒子くん…!」 「橙乃さん」 「ん?」
黒子くんに辛辣な扱いを受け拗ねていると不意に彼の歩みが止まった。私に向き直ってただ真っ直ぐ見つめてくる。…もしかして私の顔に何かついてるとか?え、ちょっと恥ずかしいよ?
「どうして誠凛に来たのか、聞いてもいいんでしょうか」
…あ、真面目な話か。 黒子くんは表情の変化に乏しいから何を考えているのかわかりにくいけど、一緒に過ごしていくうちに彼の目を見ればそれがなんとなくわかるようになっていた。今はふざけて返しちゃダメなんだよね、きっと。
「…うーんと……私はね、黒子くんのバスケが凄く好きだった」 「…はい」 「…でも今は何が好きで何が嫌いなのか、わかんなくなっちゃって」
何がどうなったら、あんなに殺伐とした楽しくないチームになるんだろうね。今考えてもわかんないや。 答えを探すために、今できることをするために。
「そんな大した理由じゃないんだけどね。私が誠凛に来た理由はーーー」
−−−−−−−
…こんな話、黒子くんにするつもりじゃなかったんだけどな。結局溜めていたものを吐き出すように全部喋っちゃったし、いつの間にかもう屋上だし。支離滅裂に話してしまったけどちゃんと伝わっただろうか。 私はバスケが好きだ。それだけは変わらないことを。
「ボクは、あの五人を倒したい。でも、ボク一人じゃきっと何もできないから…」
黒子くんは屋上の扉に手をかけた。
「橙乃さんの力を貸してください」 「もちのろんだよ!」
とことん付き合おう。 なんとなくだけど、彼の涙はもう見たくないから。
「フッフッフ!待っていたぞ!」
扉の向こうに立っていたのは笑みを浮かべるカントクだった。なんか厨二臭い。 屋上には既に他の一年生が揃っていた。
「つーか忘れてたけど…月曜って あと五分で朝礼じゃねーか!!!」 「あ、タイガくん寝坊しなかったんだ。偉いね」 「お前オレを馬鹿にしてんのか!?」 「な、何故バレた…!?やはりエスパー…!?」 「おーそうかよくわかった。ブッ殺す!!」 「朝から煩いです。静かにしてください」 「ウィッス」
黒子くんの言葉に悪ノリをやめてカントクに向き直る。
「とっとと受け取れよ」 「その前に一つ言っておくことがあるわ。去年キャプテンにカントクを頼まれた時約束したの」
カントクの自信に満ちた顔になんだか私まで気分が上がる。いい!これ凄くいい予感!!
「全国目指してガチでバスケをやること!もし覚悟がなければ同好会もあるからそっちへどうぞ!!」 「おお!同好会!?」 「橙乃さん、そこは反応するところではないと思います」
カントクの言葉に嬉々として身を乗り出せば黒子くんからチョップをお見舞いされた。黒子くん、最近暴力的だ。
「…は?そんなん…」 「アンタらが強いのは知ってるわ。けどそれより大切なことを確認したいの。どんだけ練習を真面目にやっても『いつか』だの『できれば』だのじゃいつまでも弱小だからね。具体的かつ高い目標と、それを必ず達成しようとする意志が欲しいの」 「…なるほど」 「学年とクラス!名前!今年の目標を宣言してもらいます!勿論、マネージャー志望もよ。…ちなみに私含め今いる二年も去年やっちゃったっ」 「おおお、上がる!!」 「さらにできなかった時はここから今度は全裸で好きなコに告ってもらいます!」 「「「え"ぇ〜〜〜!!?」」」 「カントク!好きな人が二次元の人だった場合!スラムドンクの桜木春道だった場合はどうなりますか!?」 「…そりゃあ、アレよ。春道に向かって全裸で叫びなさい」 「わかりました!」 「何全裸になる気でいるんですか。馬鹿なんですか」
今度は脇腹に手刀を入れられた。痛い、痛いぞ。 他のみんなはそれどころじゃないみたいで、顔を青くしている。こんな簡単なこと、どうして躊躇する必要があるのだろう。
「さっきも言ったけど具体的で相当のハードルでね!『一回戦突破』とか『がんばる』とかはやり直し!」 「ヨユーじゃねーか。テストにもなんねー」
周りがどよめいている間に、タイガくんは屋上の手摺に登る。もし滑って落っこちたら即死だよねアレ。危ない。
「1-B、5番!火神大我!!『キセキの世代」を倒して日本一になる!」
うわああ、タイガくんかっこいいかも!テンション上がってきた! 突然聞こえた声に生徒達がどよめいているのを見下ろし、かっこいい!とタイガくんを見上げればなんか照れてた。
「次はー?早くしないと先生来ちゃうよ」 「タイガくん」 「あ?」 「しゃがんで」 「…は?」 「いいから」
困惑気味にしゃがみ込んだタイガくんの首によいしょと跨る。は!?と体勢を崩しそうになったタイガくんを無理矢理抑えてバランスをとった。
「はい、立って」 「…そういうことかよ」
タイガくんが立ち上がると私の体も持ち上がった。所謂、肩車。あ、この感じ久々だ。タイガくんもそこそこ身長が高いのね、やっぱり。口を半開きに呆然と立ち尽くしているカントクと何故か顔を赤くしている他の一年、溜息を吐いている黒子くんを他所に大きく息を吸った。
「1-A!橙乃サヤカです!出席番号は…忘れました!!バスケは楽しくないと意味がない!勝てれば楽しい!!…ので、優勝します!!!」
満足そうに笑ってくれたタイガくんとカントク、何処か眩しそうに目を細めた黒子くんに私は、何をしてあげられるだろうか。
ここから見下ろした景色はとても綺麗で、これからの展開に胸を躍らせた。黒子くんと、タイガくんと。みんなで頑張るんだ。
(タイガくんありがとう。重くなかった?) (別に。つか軽すぎ。オマエちゃんと食ってんの?) (……サヤカ、アンタパンツの上に何か履きなさいよ) (ぎゃあ!?変態!?) (アンタが見せたようなもんでしょ!!!)
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