02

三階の北の一番端に、物理準備室はある。

行きたくない。
でも、行かなかった時のことを考えると、怖い。
行かないわけには、いかない。

重い気持ちで廊下を歩いていくと、とうとう物理準備室に着いてしまった。

物理準備室の前に立ち、一度深呼吸。

意を決して、コンコン、とドアをノックする。

「どうぞ。」

部屋の中から門川の声が聞こえた。

「失礼します。」

ドアを開けると、不遜な態度で椅子に座る門川が目に入った。

「鍵、閉めとけ。」

「…はい。」

鍵を閉めて、ドアの前で立ち尽くす。

「座れよ。」

門川は顎でソファを示した。

一歩、二歩。
ソファに近付き、二人掛けのソファの端っこに、おずおずと座った。
膝の上に置いたカバンの把手を、握り締める。

門川は椅子から立ち上がり、俺の隣に座った。

「何で、頭を触らせた?」

俺の頭をなでながら、硬い声で尋ねる門川。
友人とふざけていたのを、しっかり見られていたようだ。

「…ふざけてた、だけです。」

「肩を組んでたのも?
…なぁ、何でもっと抵抗しなかったワケ?」

門川が、怒ってる。

「ごめんなさい。
友達だから、強く言えなくて。」

俺の頭を撫でていた手が、肩に移動する。

「お前、俺が見てないところで何してんだろうな?」

「何も、してないです。」

肩に置かれた手に、力が入った。

痛い。

「嘘つくんじゃねぇよ。」

俺の耳のすぐそばで、門川の低い声がした。
息がかかる。

気持ち悪い。

「こっち向け。」

門川は、その大きな手で俺の顎を掴んだ。

門川の顔を正面に捉える。
ガブリと、唇を噛まれた。
ビリッと痛みが走る。

そのまま唇を、顔中を舐め回された。

舌の感触が、気持ち悪い。

でも、されるがままの俺。
抵抗なんかできない。

門川は気が済んだのか、最後に唇に深いキスをして、顔を離した。

「…今日は外泊するって、ちゃんと親に言ってきたか?」

首を縦にふる。

「いい子だ。」

ニヤッと笑った門川。
その顔は、とても綺麗だった。

「俺はまだ仕事あるから、先にマンションに行っとけ。
ちゃんと合鍵は持ってるだろうな?」

「…はい。」

初めて門川の家に行った時に、押しつけられた合鍵。

「晩飯はお前の好きなもの作ってやるから、おとなしく待ってろ。」

そんな優しいセリフを吐く門川。

「はい。…それじゃあ、行きます。」

ソファから立ち上がったら、ごみ箱が目に入った。

開けられた様子のないクッキーの袋が、捨てられていた。


俺のことも、早く捨ててくれればいいのに。



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