「今日、兄ちゃんが帰ってきてるんだー。
でも、全然気にしなくていいから。」
土曜日の午後。
高校で仲良くなった友達の奥野の家に初めて行くその道中、そんなことを言われた。
「奥野の兄ちゃんて、大学生だっけ?」
「うん。今日は同窓会があるみたいでさ。
昨日の晩、帰ってきたんだ。」
「兄ちゃんがいるって羨ましいなー。」
「あ、菅谷は一人っ子だっけ?」
「うん。兄ちゃんがいたら、おやつをもらったり、勉強教えてもらったり、一緒にゲームしたり、服貸してもらったり、いろいろできそうじゃん。」
俺の発言に、思いっきり顔を歪ませる奥野。
「いやいや、菅谷。
お前は兄という存在を理想化しすぎ。
おやつは奪われる、勉強教えてと頼めば足蹴にされる、RPGのレベル上げを強制される、欲しくないお下がりをくれる…
俺の兄ちゃんはそんな奴だぞ。
てか、多分、世の中の兄はそんなもんだと思う。」
「まじか?」
「まじまじ。」
そんな話をしていると、奥野の家に着いた。
「おじゃましまーす。」
閑静な住宅街にある一軒家。
階段を上がって右の部屋が奥野の部屋だった。
「とりあえず、宿題しよーぜ。」
そう、今日は遊びに来たのではなく、宿題をしに来たのだ。
俺は数学が壊滅的にダメで、奥野は古典が絶望的にダメなのだ。
お互いを補おうぜ…、というのが本日の目的である。
しばらくはふたりとも真面目に宿題をしていた…が、だんだん疲れてきた。
あれ、まだ1時間も経ってねぇ。
おかしいな。
「奥野ー、ちと休憩しよーぜー。」
完全に集中力が切れた俺は、立ち上がって勝手にベッドに寝転んだ。
「うい。俺、もう脳が古語でいっぱい。
休も休も。」
奥野は机に突っ伏した。
うん。脳を酷使しすぎたな。
仰向けになって、天井を眺めていると突然バンッと部屋のドアが開いた。
驚いてドアのほうを見る。
「おい、カズ!俺のジャケット持っていっただろ?
許可無く触るんじゃねぇよ。」
怒りの表情で奥野(下の名前を和成という)に言い放つ男。
あ、これが奥野兄か。
おー、めっちゃイケメンだな。
おまけに背も高いし、足長いし。
「そんなもん一切知らん。
ちゃんとクローゼット探せよ。」
イケメンな兄に、濡れ衣だと言わんばかりに反論する奥野。
奥野兄はさらに何か言おうとしたが、その前にベッドに寝転がった俺と目が合った。
目が合ったものの、奥野兄は何も言わない。
なのでとりあえず、
「…どうも。」
と、言ってみた。
どうもって何だ、と、自分にツッコミを入れる。
「…カズの、友達?」
奥野兄から怒りの表情が消えていた。
その代わり、何の表情もなかった。
怖いんすけど。
「はい。」
「名前は?」
「菅谷です。」
そして、じっと俺を見る奥野兄。
何だ、何なんだ。
「宿題してたのか?」
テーブルに広げたままの数学の教科書とノートを一瞥して奥野兄は言った。
「はい。」
「…教えてあげようか?」
え?教えてくれるのなら嬉しいけど。
でも、奥野、話が違うぞ。
兄という存在は勉強を見てくれないんじゃなかったのか?
そう思って、奥野をチラッと見る。
奥野はものっすごく怪訝な表情を浮かべていた。
「あの、分からないところは奥野に教えてもらうので…。」
そう言って断ったら、奥野兄は奥野のほうを向いて言った。
「おい、カズ、ちょっとコンビニ行ってこい。」
奥野は兄に逆らえず、コンビニに行った。
しかも、某コンビニにしか売ってない限定品のお菓子を買いに行った。
この辺にあるのかな、そのコンビニ…。
奥野に同情している場合じゃない。
俺は再び数学と戦っていた。
だが一人ではない。
奥野兄が俺の隣にいる。
つか、近いんすけど…。
肩が触れ合ってるし。
あ!
奥野兄、もしかして本当の弟には恥ずかしくて優しくできんのかな?
ああ、そうかもな。
その代わりに弟の友達に優しくするって、どんなへそ曲がりだよ。
俺は奥野兄をちょっとかわいいと思ってしまった。
あとがき
完全に勘違いの菅谷くん。
奥野兄に気をつけて!!
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