夜10時過ぎ。
バイト先のスーパーを出た。

バイト先から駅までは少し遠い。
男の足で15分くらいかかる。

大通りから、ひっそりとした住宅街の細い道に入る。

この細い道、実は少し怖い。
以前、この道でひったくりがあったという話を聞いたことがある。

でも、まさか自分の身にはふりかかるまい…。
イヤホンを耳にねじ込み、アップテンポな曲を聴いて気分を盛り上げる。
俺は、怖くなんかないぜ。まじで。

ふんふ〜ん、と鼻歌を歌っていたその時。

後ろから、肩をグッと引っ張られた。


「んわっ。」

言葉にならない呻き声を上げる俺。

やべ、ひったくり?
頭が真っ白で、背筋が寒い。
どうしよどうしよ。

俺がフリーズしていると、俺の肩を掴んだ手が離れた。
そして、その人物が俺の前に回り込んだ。

俺の目の前には、美形な男。
美形な男の手には、俺の財布。

あれ、どゆこと?

そこでようやくイヤホンを外す。

「あの、落としましたよ。」

美形がすっげーいい声で俺に話しかけた。

え?落とした?
あ、さっきケータイを取り出すとき、カバンをガサゴソしたからな。
その時かな。

「あ、ありがとうございます。」

親切な人なのに、心の中でひったくり扱いしてしまったぜ。
申し訳ない。

財布を受け取り、しっかりカバンに入れる。

「驚かせてしまって、すみませんでした。
声かけたんですけど、音楽聴いてたんですね。」

「いや、こっちこそすみませんでした。
驚いてしまって。」

えへへ。
と、愛想笑いする俺。


美形も駅に向かうということで、一緒に歩くことになった。

「この道、実はちょっと怖いんですよね。」

と、話を振ったら、美形はめっちゃ食いついてきた。

「ああ、住宅街っていっても人通り少ないですもんね?
この道、いつも通るんですか?
俺、この時間よくこの道通るんで、良かったら今度から一緒に帰りませんか?」

え?

「いや〜。バイト帰りしか通りませんし。
大学に入ってから2年くらいここでバイトしてるけど、今まで危ない目にあったことないし、大丈夫ですよ〜。」

冗談か本気か分からないけど、とりあえずやんわりと断ってみた。

「そうですか…?
でも、気をつけてくださいね?
チカンも出没するって話ですし…。」

「いや、俺も男ですし、それに平凡顔ですから大丈夫ですよ〜。」

と、こんな話をしているうちに駅に到着。

「それじゃあ、また。」

そう言って、美形は去っていった。
去っていった、というか来た道を戻っていった。

ん?電車に乗らないの?

…ま、どうでもいいか。
“また”なんてないし。



しかし、“また”なんて、あった。
その日以降、バイト終わりにあの道を通ると、いつもあの美形に遭遇した。

うん、さすがにオカシイよな。
10時過ぎにバイト先を出るときもあれば、友達と話してて10時半にバイト先を出るときもあるのに。

何が目的か分からないこの美形に、ひったくりと同じくらいの恐怖を感じる俺であった。





あとがき

この美形は平凡くんに一目ぼれしたのか、もともとストーカーなのか…
ご想像にお任せします(笑)



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