▼藤丸立香



私は美しいものが好きだ。人によって美しいと感じる対象は違うだろう。私にとってその対象は『人類のハッピーエンド』だった。
夢魔と人間のハーフたる私にとってこの世界は一枚の絵のようにしか見えないし、感じない。
絵の中に描かれる人類という名の被写体が何はともあれ幸福となっている風景を見るのが好きだ。
だからこそ同胞である妖精や巨人よりも人間に肩入れをした。
人間にとって良き時代を作るため、多くの王を育てた。
王の政策によって国がどうなろうが私に関係はないし、罪悪感も、まあ、酷いことをしてはいるんだろうと自覚はしていたが別に感じちゃいなかった。

ある少女の、別れの言葉を聞くまでは。





彼女が死んだ。安らかな眠りについたのだ。
守護者と契約をしようと動いた時はひやひやしたものだが、まさかこんな結末が待っているとはと心底思う。
聖杯を手に入れ奴隷となるしかない。
それは仕方ない。
しかし、彼女はいつか選定の日のやり直しを望み自分の存在を否定するだろう。それだけは認められなかった。
救いのない未来をただ待つ事しか出来ないと、そう思っていたというのに。
――美しい、なんて奇跡だ!どうなっているんだこの世は、まさか、こんな結末があるなんて!
その人生は誇れるものであったのだと、それを──最後に彼女が受け入れてくれたのなら、もう外に出る必要はない。

キミが目指したもの。キミが遺したもの。キミが、私に与えたもの。
それら全てが私の報酬だ。





このまま死ぬこともなく、ただ塔の中で王の物語を語り続けるのだと。
そう思っていた。
だが、これは。
まさか、いや、そうか。
――何の前触れもなく2017年で人類が滅びると証明された日。
――人理継続保障機関・カルデアで生き残った人類最後のマスター、藤丸名前。
最初に観た時は、ただの模様の一つだと認識した。
しかし、後に振り返って当時のことを思い出してみると。

僕はこの日この時、彼女とはまた別の運命と出会ったのだ。





アヴァロンは影の国とは違い、人理焼却に巻き込まれない。故に此処に住んでいるともいえる私は影の国の女王とは違い、死ぬこともない。
まあ、塔から抜け出す事も出来るが――私は最低限、魔術王にバレぬよう手助けをする程度だ。
1500年ものの長い年月をかけたアヴァロンに辿り着いた彼にちょちょいと魔術をかけ、生ける屍がきちんとまともな人間に映るようにしたり、聖剣をアガートラムに見えるようにしたり。
他にもちょこちょことカルデアの生命線を助けた。
それもこれも、ただ観ているだけでは人類が滅亡してしまうと分かっているからだ。
私にとって美しいものは『人類のハッピーエンド』、滅亡だなんて真っ平だ。
手助けをするのは義務同然である。

そう。その筈だったというのに。





最初は半人前ですらない雛鳥同然のマスターが、くだらないことが原因で死んでしまったらどうしようかと思っていた。
“楽しい楽しい物語に登場する主人公が足元にある石にひっかかり足を滑らせ偶然頭を打って死亡し、ジ・エンド”だなんて、最悪だろう?
しかし人類最後のマスターは私の夢魔の性質である思考回路から弾き出される懸念を悉く吹き飛ばしていった。
それどころか、今では藤丸名前が介入したことによって美しい紋様が描かれる風景を観てはまるで子供のようにわくわくと胸を躍らせている。
今まで藤丸名前が解決してきた特異点はどれもこれも幸せな終わりを迎えている。まさに、私が好んでいる『人類のハッピーエンド』そのものだ。
キング・メーカーとして謳われた私とはまた違ったアプローチで物語に介入し、生かし、救い、よりより紋様を紡ぎあげる。
特異点から特異点に渡り歩く旅人マスター
ある瞬間、彼女と藤丸名前の姿が重なって見えた。
――あどけなさが残る顔をした若者が、強大な目標に向かって突き進む。
――理想、夢、憧憬を現実のものとする為には己が傷つくことを厭わない。
ああそうか。藤丸名前と彼女は似ているのだ。
気付いた瞬間、また私の藤丸名前を観る目が変わった。
……しかし。

物語の作者たる人間には興味がないというのに、紛れもない人間である人類最後のマスターを見ていると疼いている、この胸の感覚は何なのだろう。





藤丸名前の采配によって何度目かの特異点を無事解決させた瞬間をこの目に収めると、私はいつのまにやら強く握りしめていた手の力を緩める。
グランドオーダーの物語を眺める時は何時もこうだった。何せ、あの人類最後のマスターがどういった動きを経て幸福な結末を紡ぐのか興味が尽きないのだ。
かつて観た、彼女ととある少年が描いた奇跡ラストエピソードに勝るとも劣らずのエピローグを。
彼女はずっと彼女自身のマスターたる少年を見つめ続けていた。
少年の歩みを、目を逸らすことなくずっと。
……はて?
なんとなく、今の私の状態と彼女は同じなのではないかと思ったが。
いやいや。だが私は無論彼女とは違うとも。あの尊い生き方をする彼女と私は文字通り別の生き物なのだから。
――しかし、見続けているという行為自体は同じであるということは、紛れもない事実であった。
これはどう称すべきなのだろう。
幾許か考える時間をとった結果、ピンとくる単語を発見する事が出来た。
なんというか、もうこれ以外に今の私を表現する語法は存在しないだろう!と断言できるほどに。
「ファン」
ずばりこれだ。
なんてことだろうか、私はかの人類最後のマスターのファンだったらしい!
しかし改めて考えてみると当然と言えば当然だ。この物語の果てに待っているのは人類史上最大のハッピーエンド、人理修復なのだから。
今までにないほどにわくわくさせる結果を遺すであろう藤丸名前に入れ込むのも当然だ。

熱心な愛好家と化した私は、今日も今日とて名前の活動を観続ける。胸の高鳴りを押さえながら。





月見にハロウィンにクリスマス、そしてバレンタイン。
こんな絶望的な状況であるにも関わらず、楽しむ行為を忘れない前向きな物語を観ていると笑みが零れる。
しかし、ふと我に返った。何故私は本編とは関係のない幕間の物語にまで見入っているのだろう?
……いやなに、なんてことはない。
だって私はかの人類最後のマスターのファンなのだから。
名前が身を挺して紡ぐ物語全てを観たいと思うのはファンとして極自然な考えだろう。
うむ、そうなのだ。
寝ぼけて珍しく朝食に遅れたり、段差につんのめってこけたりと日常生活を送る姿まで観ているというのも、立派なファンの行為だ。決してストーカーではないよ?
カルデアにいるキャスパリーグからなーに言ってんだお前と言われたような気がするがきっと私の勘違いだね。


「日頃の感謝をありったけ籠めましたので……これからもよろしくお願いします、マスター!」


うん。デミ・サーヴァントの少女とも仲睦まじいようで、なによりだ。


 



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