▼偽フランシーヌ人形



阿。紫。花。英。良。
ペンを放し、視線を紙から英良に変える。

『阿紫花英良』

言われた通り書いた文字を彼は先程からまじまじと見つめているが、そんなにも長く眺めるようなものだろうか。阿求の阿、紫苑の紫、花束の花、英気の英、良好の良、ミスは無いはず。二度三度、私も眺めて確認し直すがやはり書き間違いはない。


「ああすいやせんね……いやね、随分と達筆だなと」

「時間だけはありましたので書物から色々なことを学びました、これもその一環です」

「はあなるほど、だからか、アンタの博識っぷりは。確かに、昔っからなんでもありな人だと思ってたぜ。日本人のあたしよりも日本語書くのが上手ときた」

「今度は英良の番です」

「ほいな」


ペンを渡し、書く体勢に入ったのを見て綴りを告げる。

『ナマエ』

線枠からはみ出てた武骨な字が紙に浮かんだ。


「アルファベットなんざ中高以来だな……ナマエそんなまじまじと見ねえでくれや、アンタと違って汚ぇんだから」

「貴方らしさの出た文字ですね。この無作法でごつごつとした書き方は、英良の姿勢がよく表れている」

「……え」

「貴方は一人で出掛ける時にメモ書きを残すことがありますが、そのメモを読む度にいつも英良の顔を思い出すことができるので嬉しく感じていますよ。ですので、私は個性があるというのは良いものだと思います。……ああ遠回しでしたね、すみません。私はこの字が好きです」


押し黙る英良。何故そこで言葉が途切れるのか、私には理解が追い付かない。こういった時、涼子はとても笑顔を深めて「ふぅん〜?」と完全に英良の意図を掴むというのに。私が理解するにはまだ早いことで、仕方がないことだと思っているが、少しばかり悔しい。悔しいという感情を味わうと不思議とそれ以上のやる気が湧き出てくるので、悪いことばかりではない。


「それにしても、坊やの字で私の名が書かれているというのは……なんといえばいいのでしょうか。ふふふ、自然と、頬が動いてしまいますね」


彼が名前を書き記しただけの紙。たったそれだけの紙を見ているだけで、なにやら満足感を感じる。口元に手を当てながらくすくすと笑っていると、英良は何時の間にか明後日の方向に顔を動かしていた。


「アンタ、それ、マジでずりぃよ……」

「英良?」

「……十秒ばかし待っててくれるか?なんか急に顔中の筋肉が痙攣しちまったみてぇでね、マッサージですぐ直すからよ」

「まあ」


手を使ってぐにぐにとマッサージをしている彼の表情は確認できないのものの、耳が赤くなっているので顔に行くはずの血液があそこに溜まってしまって痙攣が起こっているのだろうと納得した。



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