▼降谷
デフォルト:高藤幸一
「先生はとっても愛妻家なのよ、飲み会に誘ってもよっぽどの事じゃなきゃ参加しないの!」
「名字さんが指輪を外している瞬間を見た人は誰も居ないわ。偶然じゃなくて必然ね、きっと外してる時なんてないのでしょう」
「あーあ、もうちょっと早くに生まれてればワンチャンあったのになぁ。奥さんが羨ましい」
今日も彼は誘いを断り、帰り支度を進める。書類を整理する為に手を伸ばす左薬指には鈍く光る銀色の指輪。
「余計な事を考えてるだろ」
既婚者の証明であり隙あらば群がってくる女の虫除け代わり。
彼は決して指輪を外さない。仕事場でも、身体を洗う際も、就寝する時でさえも。
「そんな事しないさ」
いつ何時たりとも、指輪を外さない。
「はっ、どうだか……外面だけは良いからな、お前は」
この男名字名前は『他人に優しく妻に尽くす愛妻家でありどんな時でも指輪を外さない』事で有名だ。
なんて莫迦らしい。こんな男の何処を見てそのような判断しているのか。
(指輪をはめている時は彼女の男だが、今は)
彼が差し出した体温だけは高い左手に触れ、指の一つを口に含む。指先が喉奥に掠り生理的現象で涙を零し嘔吐きながら彼の指にはまっている冷たいそれを噛み、引っ張った。
それを舌で弄びつつ、彼の指を見遣る。俺の唾液で濡れている事にささやかな興奮を覚えた。
しかし、それよりも。
彼の薬指は今、指輪が無い。俺の口内でころころと転がされている。指輪が無くなった事によって隠されていた存在が露わになっていた。
何度行っても、やはりこれは堪らない。
彼が何時も指輪をはめている個所に掘られたタトゥーが、俺の目の前に。
(――俺の男)
すっかり温くなった指輪を取り出し、ベッド傍の机に放り投げる。
俺も彼も生まれた時の姿になって彼は俺を押し倒した。
彼に対して、俺の両手は綺麗さっぱり。
左手の薬指のタトゥーどころか指輪などのアクセサリーも付けていない。
代わりと言ってはなんだが、俺の首には彼と同じ柄のタトゥーがあって。
彼は俺に愛で縛られているが、俺は彼に首輪で縛られている。
これで御相子だと彼は言う。
俺はそうは思わない。
「名前っ、名前……!」
「っは、ぁ、零」
だって、彼にはもっと俺を手に入れて貰わなければならないのだから。
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