成り代わり | ナノ


漸く掴んだ初ライブ。絶対に成功させてみせる!そう意気込みながらステージ上に立った瞬間、妙な立ち眩みを覚えた。
この日の為に体調管理は万全だったので緊張のせいだろうと笑顔を浮かべた瞬間、人生一周分の記憶が頭の中で爆発した。


「――ァ――――じゃあ一曲目『お前の母ちゃん何人?』!!」


なんだこれ。なんだこれなんだこれなんだこれ。なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ。
吐気。眩暈。焦燥。寒気。
知らない。こんな記憶は知らない。だれ?やめて。なんなの。

(もう、無理)

手が震える。足が震える。指先が震える。唇が震える。身体が震える。
我慢が効かなくなって、倒れてしまおうと思った。だってその方がずっと楽なんだもの。
見知らぬ記憶が怖くて怖くて仕方がなくて、涙を滲ませながら目線を下げた。
下げようとしたその時、厳つい顔をしたおじさんの姿が目に入る。


「L・O・V・E・お・つ・う!!」


今にもモドしてしまいそうだった。
でも。


「L・O・V・E・お・つ・う!!!お通ちゃーん!!うおおおー!!」


私をキリギリス以下呼ばわりしたあのオヤジの前で、倒れてなんて絶対にやらない。


「お前それでも人間か!お前の母ちゃん××だー!」


記憶?寒気?吐気?そんなの、全部ライブの後で相手してやればいいことだろうが!!
今はそんなことよりも、ライブの方が重要!

目線をライブ会場に集まってくれたファン全体に戻して、今度こそにっこりと笑顔を浮かべ直す。

気合で足と床をふん縛り、腹から声を出す。
私はアイドル歌手。今までの努力の集大成がこのライブに詰まってる。私を応援してくれるファンが目の前にいる。
たかが前世程度でライブを中止させるだなんて、馬鹿なのか私は。
全力でやり遂げよう!




「お通ちゃ〜ん、僕と一つになろう。胃袋で」


大男のお腹の包帯が解けて、ぱっくりと開かれた口が見えた。
この状況にどこか既視感を抱いていると冷や汗をかいたお母さんが横から私を引っ張ってくる。
そうだ、逃げなきゃいけない。あの男は私を食べる気だ。
だけどそれは、あの男が私のファンだからだ。
考えがそこまで至る前に身体は先に動いていた。


「食べちゃいたいくらい好きでいてくれてありがとう!!」


マイクがオンである事を確認して力いっぱい叫ぶ。
私に手を伸ばそうとしていた彼はまん丸い瞳をぱちぱち瞬きさせ、一瞬動きが止まった。


「でもアイドルは一人のファンだけを贔屓しちゃいけないの!一つにはなれません!そうなったら私もう歌えないし笑えない!」


思い出した。今、私は漫画の中のワンシーンに遭遇している。彼は興奮すると好きな相手を捕食する本能を持つ天人だ。
本能じゃ、しょうがないよねぇ。でも"本能だからしょうがない"で食べられるのもご免なの。
うん、だからさ、ごめん。
そのファンサービスは出来ない。


「それにね、他の人に迷惑はかけちゃ駄目!迷惑行為が続くようなら次から出禁だよ、気を付けようね!お願い、マナーを守りながら席に戻っテモクロビン!」


ウインクをしながら彼に伝え続ける。どうか届いてほしいと願ってマイクを握る力が自然と強まる。えへ、汗やば、滑って落としそう。


「……うん、そうだね、ごめんねお通ちゃん、僕もっとお通ちゃんのライブ見ていたい」


――ああ、良かった。本当に良かった。


「あはっ、ううん!分かってくれたのならそれで良いの!私も皆をもっと笑顔にしたい、もっともっと歌っていたいから!」


なんてったって前世から続く願い……というかもう野望レベルのやりたい事なんだもの。また私はアイドルになった。一度だけじゃ飽き足らず、アンコールをしている。
折角掴んだアンコールライブ。私はもう一度輝こうと思う。

私のファンになってくれた人は誰であろうと大事にしたい。
私のファンであるならどんな性癖を持つ人だって受け入れる。
私のファンになったことを後悔させないように歌い続ける。

異世界に生まれようが、結局私は私でしかなかったのだから。



そんなわけだけど。そうなんだけど、なんというか……

えーと…………

……うーん。おかしいなぁ。


「L・O・V・E・お・つ・う!!」

「L・O・V・E・お・つ・う!!!」

「L・O・V・E・お・つ・う!!!!」


やり直しのライブで何故かツッコミ眼鏡だけじゃなく、天パとチャイナまで法被を着て熱心にコールしてるように見えるんだけど……目の錯覚だよね?



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