「子」
「ね!」
「申」
「さる!」
「巳」
「み!」
「戌」
「いぬ!」
「亥」
「い、い〜!」
イッ!と歯を食いしばりながら亥の印を組むカガミの腕を掴む。力が入りすぎて脇が空いていた。
そっと腕を降ろさせて位置を調整させる。ふむ。ふむ……まだ硬いな。
亥は印の中で最も手首の動きが激しい型をしている。柔軟性が欠いている状態で続けても手首を痛めるだけだろう。
「うん、柔軟体操の効果はちゃんと出てるみたいだね」
「はい!ナナシさまのいうとおりにしています!」
「この調子ならもう暫くすれば力を入れなくても自然と90度曲げられるようになるよ、このまま頑張りなさい」
「はい!!」
元気よく返事するカガミににっこりと笑いかけ、「そろそろおやつにしようか」と言えばカガミの顔がパッと明るくなった。
兄上が帰宅してきてからにしようかとも思ったがまったく帰ってくる気配がない。寂しいが僕ら二人だけでおやつの時間。
「今日は葡萄だ」
「ぶどう!?」
「ああ、カガミの大好きな葡萄だよ。目にも良いからね、沢山食べて」
「ありがとうございます!」
きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐカガミ。
兄上がたっぷりおすそ分けされて貰っていたから食べ盛りのカガミもきっと満足してくれるだろう。
屈託なく喜ぶカガミの姿に、ようやくここまでこれたな、なんて達成心が湧いてくる。
早くに両親が帰らぬ人となったカガミを引き取ったばかりの時は誰に対しても及び腰で、特に里親になった僕への萎縮が激しかった。
兄上に次ぐうちはの二番手である僕が何故自分を引き取ったのか、理解できなかったようだ。
僕がカガミを養子にした理由は、彼が扉間の小隊に入るほどの力をつけるから。
「ナナシさまっ、これがいちばん大きいですよ!どうぞ!」
里想いで写輪眼持ち、あの扉間が認めた男。青田買いしないわけがない。
これが第一の理由ではあるのだが、他にも一応、情けない理由がある。正直言って、妻を迎えたくない。夫婦となれば新しい家で二人暮らしとなるだろう。だが僕は兄上と離れたくなかった。兄上の傍が一番居心地がいい。そんなわけで気が進まない。
子供を失った又は子供がいない者が親を失った子供を引き取るのは良くあることなので、僕が声を上げれば立場もあってすんなりと話が進んだ。
「栄養が蓄えられてそうだね。これはカガミが食べると良い」
「え?いいんですか?」
「もちろん。カガミが美味しく食べてくれると僕も嬉しいよ」
「ありがとうございます、ナナシさま」
最初はがちがちに緊張していたカガミだが、日々暮らしていく内に段々と慣れていってくれた。共に飯を食べ、修行を見て、風呂に入って背中を洗い、一緒の部屋で眠る。それを繰り返していく間にぎこちなかった空気が緩み、カガミの肩の力が抜けた。
僕は全然父親らしくしてやれないし、カガミもまだ遠慮深いけど。
「……かがみは、ナナシさまといっしょにおやつをたべれて、うれしいです」
そう遠くない未来で、彼と僕はもっと仲良くなっていると信じてる。
このあと、近所のおばちゃん達の井戸端会議に捕まって遅れたらしい兄上は、僕らが先におやつを食べたことでちょっと拗ねた。
もう、僕だって一緒に食べたかったよ。ごめんね。葡萄残ってるから、夕飯の後のデザートで食べよう。ねえ兄上、好き。兄上は?
……うん。やっぱり僕、好きって言ったら何倍にもして返してくれる兄上が大好きだよ。
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