成り代わり | ナノ


×だの××だの、ただの波長の揺れをさも貴いものであるかのように丁重な態度で敬い取り扱っているからミスが起きるのだ。


「他をあたれ」

「そうか、それは困った……後継者の中でもっとも相応しいのは貴方だというのに」


それは困ったな。
よりによってオレに白羽の矢が立つくらいにボンゴレの人材は不足しているという笑える情報をどうもありがとう。
年をくった女がオレを見つめる視線には×の熱が漂っていた。
それが酷く癇に障り、舌打ちと共に会談の場から出て行く。
女はそれを止めはしなかった。

オレと女の立場の差は早々埋まるものじゃない。埋められる手段は先程オレ自身が放り投げた。だが、失礼な態度を咎める相手がいなければそんなものに意味などない。


「ナナシ。貴方が恐れているそれは決して貴方を弱らせたりなどしないよ」

「オレが恐れているだって?寝言は寝てから言うのがマナーだぜ」

「あら嫌だ、寝顔なんて愛した夫以外に見せるわけがないでしょう」


女は懲りず、相も変わらず忙しい日々の予定にオレとの会談を欠かさず入れる。
この場に来さえすれば、普段と違い女はオレが途中で退出しようが暴言を吐こうが何をしようが、あるがままを受け入れた。


「天には星が、地には花が、それぞれ不可欠だとゲーテは言った。裏社会に身を置いている私が言う台詞ではないが、初めてこの言葉を知った時には実に的を得ていると思ったものだ」

「くだらない先人の言葉だ。それに心を揺れ動かされる人間も程度が知れるな」

「さて、どうかな。たかがそれくらいで知った気になっている者のほうが、私にはよほど滑稽に見えるが。怒るな怒るな、それこそ器が知れる。……では話の続きを。この言葉にはもう一つ残っているものがあるだろう?私が一番好きなのはそれなんだが――――」








拘束された状態で機械に押し込まれるという屈辱的な状況の中で目が覚める。
随分と、懐かしい夢を見た。
懐かしくも苦々しい、若かりし頃の光景を夢に見た。

(くだらない)

結局様々な騒動を通して継承こそしたわけだが、あの女が言っていた×の素晴らしさなど今までの長い生を通して感じたことなど一度としてなかった。
この冷たく汚く暗い世界でそんなものを信じた女の神経はイカれているとしか思えない。

だが今この場でくだらない女のくだらない言葉を夢に見たのは何故だろうか。

あの時の私と今の私は何も変わらない。
月日の経過で姿形こそ違えど、頭に宿る思考回路はただの候補者だった頃と何ら変わりはしない。

だというのに、あの女の夢を見た。

偶然かはたまた記憶の整理か、某かの予兆でも感じ取ったか。
夢を見る理由は諸説あるが、理由などどうでもいい。
すっかりと忘れていた女と交わしたくだらない会話が脳裏に過り、精神的疲労だけが溜まっていく。

見たくもなかったというのに、何故見てしまったのか。

気が付くといつの間にか橙色の炎が目の前に迫り、身動きの出来ない私の身体に損傷を与えてくる。
私を覆っていた機械が壊れる。機能は停止したらしく今まで絶えず吸われていた生命エネルギーの死ぬ気の炎が搾取されることが無くなったようで、呼吸が楽になった。
外の景色が視界に入る。
まだ年若い候補者の少年と目が合い、狼狽えている姿が見えた。

そして、候補者だったもう一人の男の姿も。
実感する。
痛感した。
意識せず眉間に皺が寄ってしまう。これはもう条件反射の域だった。

私の子を産んだのだという下町の女とその子供を不穏分子として始末しなかったのは、なんの為だったか。
ただ単純に、女が信じた×というものを実行してみようとしただけだ。
私なりの×の証明だった。
だが、私の息子となった男はそうは受け取らなかった。
守護者を中心とした周囲の人間には理解されても、肝心の男には届かなかった。


(やはり、オレではアンタの後釜に成り得なかったようだ)


所詮蛙の子は蛙。
×を受けずに育った子が親になったとして、まともな×など与えられるはずもない。
×を知らぬ己が与えた無償の×など果たして何の役に立つというのか。

空が遠い。空に浮かぶ星が遠い。
地が遠い。地に生える花が遠い。
人が遠い。人に寄添う×が遠い。


「……全て、私の責任だ」


何故オレが九代目になるべきだと思ったのか――甚だ理解に苦しむぞ、ダニエラ。



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