成り代わり | ナノ


――――これが、王子様というものか。

扉の向こうから感じた気配に、警戒しながら誰が居るのか確かめる為開けると、そこには西洋から伝わってきた童話に記されていた『りっぱなくにのかっこいいおうじさま』が立っていた。
初対面である事も忘れ、ほぅと感嘆の息を吐き思わず魅入ってしまった。
痺れて動きが鈍くなった思考回路が我が家にやってきた彼はつい先程もとんでもない幸運でも振ってきて友達になれたらなあ、なんて考えていたイギリス本人であると弾き出し、暫し硬直していたがこのままではいけないと我に返る。


「あの……貴方はもしや、イギリスさんですか……?」


口にしてから衝撃的な事実に気が付いた。彼が我が家の玄関前にやってきてから一言も喋っていない事に。
ど、どうしましょう。もしや私を見て、随分と小さい国だと厭きられたのでは。先に話しかけるのは私ではなくこの方だったのかもしれない。許しがなければ口を開いてはいけなかったのかも。い、いえ、流石にそこまでいけば国としての威信に関わりますね。ああ、とても難しい顔をしていらっしゃる!不快な思いをさせてしまったのだ!
倉皇としていると、透き通るような声が耳に入ってくる。


「お前と友達になりたい、話だけでも聞いてくれ」

「は、……はい」


すわ一大事。果たしてこれは現実か。
彼を見た瞬間に一等伸ばされた背が再び正され、動揺が表に出ないように気を付け平常心を必死に保ちながらイギリスさんを客間に案内する。手土産として渡された花束からは良い香りがした。しかし香りが私には少々強くつんとくる。彼はこういった香りを好んでいるのだろうか。

イギリス人は紅茶を好むと聞くが、我が家には存在しない。湯呑みも東洋の和が丸出しのものだけ。以前に上司からお前も西の道具を使ったらどうだと言われた時に頷いておかなかった私の馬鹿。
泣く泣く客人用の緑茶を古臭い湯呑みに淹れて差し出す。
こんな薄暗い色の入れ物で飲めるかだとかなんとか言われてしまったらどうしよう。物珍しいからと買われる事はあっても作品そのものを評価された事は無いので、良い年こいてさっきから緊張しっぱなしだ。


「美味い。ありがとう」

「それは良かったです」


一先ず飲んではもらえた。しかしそこから先もイギリスさんの口に合うかという第二関門が存在したが、それも突破。
胸を撫で下ろし、イギリスさんがある程度飲み終えてから近頃のロシアさんの動きに対する私の考えを話す。私の元へやってきたのは大国ロシアを警戒してのことだろう。……友達、か。強国に伸し上がりつつあるとはいえ、かのイギリスさんは私と友達となろうと、本当に思ってくださっているのだろうか。


「今日は……あれだな。お前と話せて良かったと、思ってる」

「私もです、御足労いただきありがとうございます」

「ん、いや、別に、俺は俺がやりたい事をしてるだけだからな」


私なんかと友達に、なってくれるのか。


「じゃ、じゃあまた来る!……迷惑じゃないか?」


何故そんなにも私に優しくしてくれるのかが分からなくて、困ってしまいます。前評判のイギリスさんと実際のイギリスさんが違いすぎて、私が世間知らずだから猫を被っているのか聞いた情報が間違っているのかが分からない。
もし、もし本当に、友達になりたいと思ってくれているのならば、私は。



友達となる相手は二択だった。ロシアかイギリスか。上の方たちはロシアが良いと考える者も、イギリスが良いと考える者もいた。
上司がロシアへ向かったと、イギリスさんとお話をしたばかりの私には寝耳に水の情報を教えられ脳内で大混乱が起こる。

(イギリスさん……!)

急いで彼が在泊している場所に向かったが、先程裏山の方へ出掛けたばかりだと告げられ運の無さを怨みながら駆ける。
息を切らしながら探し回ると、彼は地面に座り込み空を見上げていた。疲れきった声をかけつつイギリスさんの傍に寄る。


「日本?どうした?」

「す、すいません、夜分遅くに……」

「それは構わないが……喉渇いてるだろ、これ飲めよ」

「恐れ入ります」


イギリスさんが持っていた入れ物から独特の香りが漂ってくる。相変わらず慣れない味だが、嫌いではない。ただならぬ様子で訪れ、水分を失った喉を潤す私を心配そうに見つめるイギリスさん。
大丈夫かと声をかけてくるイギリスさんを見て、感情がとまらなくなる。


彼ともっと一緒にいて、彼ともっと仲良くなって、彼ともっと、もっと彼と。

嗚呼、友達になりたいな。


――彼の隣で肩を並べられたら、どんなに良いか。


「上司が……ロシアを訪問しました」

「ああ、それはもう俺も知ってる……まあ、色んな可能性を模索すんのは当然だよな」

「しかし、あれは上司が勝手に行ったことで、私は……!」


開いた口が数拍ほど金魚のように動く。
言って、いいのか。言ってしまっていいのか。は『私たち』の度を過ぎてやしまいか。
嗚呼けれど、けれど、私は、


「私はぜひともイギリスさんと友達になりたいのです」


逸脱するとしても、それでも私は貴方と共にいたい。



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