「楽だから」
マリアから、一人でいたがる人の考えが分からない、理解できない、と呟かれ返した言葉がそれだった。
理解が追いつかないのか、首を傾げて何度か瞬きうんうん唸っている。
「人は一人では生きていけません」
そうだな。
「誰かと共にいれば苦しみは半分に、喜びは倍になります」
俺もそう思う。
「……たまに、一人でいたいと、思う時は私にもありますが。一人で生きたいとは思っていません」
大人数でわいわい騒ぐのは楽しいよな。
賑やかなのは好きだ。けれど。
「それでも俺は一人が良いよ」
「ハンガリーも、一人でいたいんですか」
くしゃりと今にも泣きだしそうな表情に変わったマリアの髪をそっと撫でつける。
シャンプーもリンスもないのに随分と清潔さが保たれた綺麗な髪だった。マリアの髪を撫でるのが好きで、何かにつけて撫でまわす。不愉快に感じるようだったら続けなかったが気持ちよさそうに頭を手に押し付けてくるものだから、これ幸いと。
今日、マリアは笑わない。
「なぜ貴方は私に会いに来てくださるのですか」
「……会いたいから」
「一人が好きなのに?」
「一人でいたいのと、誰かと一緒にいたい気持ちは両立する」
「分からない、私にはまったく理解できません」
「そりゃお前が生まれてまだそんなに経ってないからだ」
対立する感情も相反する考えもあって当然で、ぐちゃぐちゃになって当たり前で、矛盾しない方が人としてどうかしている。
誕生して数年、真っ白の状態で一か零のどちらかしか存在しない、まだ赤子同然のマリアには早い話だった。
年齢を口にすると途端に不満気に頬を膨らませ拗ねるものだから更に機嫌を悪くさせると分かっていても思わず笑ってしまう。
「一人でいるとな、楽なんだよ」
俺の場合はと付け加えつつ、ゆっくりと語っていく。
他人を守るどころか感情の赴くまま他人を傷つけてしまうこと。自分を律せるほど強くないこと。人が発する様々な音が煩わしく感じる時があること。自然が奏でる音を聞いていると心が落ち着くこと。
マリアが俺の話を完全に理解しているかどうかは定かではなかったが、それでも真剣に聞いてくれた。
語り終えると、ピロス色の目は俺を見つめ伝えてくる。怯えと恐怖が混ざりながらも逸らすことなく、真っ直ぐ。
そういった思想を踏まえながら私と一緒にいてくれるのですか、と。
「マリアの隣にいたいと思うんだ」
暇を見つけてはちょくちょく足を運ぶっていうのはつまりそういうことだろう。
脳を介さずにそのまま口から飛び出た言葉によってマリアが赤らめるものだから、心臓付近がぎゅんと縮こまる感覚が止まらない。
「時間が止まればいいのに。そうすればハンガリーともっともっと長くいられる」
そうだな。俺もそう思うよ。
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