「あー面倒臭ぇ!」
手頃な石を蹴りながらズンズカと森林を進んでいく。右を見ても緑、左を見ても緑。緑一色だ。
意識して周辺を探ってみるが、人の気配はなく動物たちの鳴き声ぐらいしか耳に入らない。
うーっし、これで自由だー!とガッツポーズ。
護衛をしたがる部下を撒いたのを確認した所で、石蹴りを再開させた。道を歩きながら石を蹴っていると小学生の頃を思い出すことが出来る。今ではもう切っ掛けがなければ過去の事は思い出せなくなってきているし、出来ても断片的だ。それがとても悲しい。
だが、何よりも許せないのは感傷に浸って弱くなっている自分自身。
(糞、ムシャクシャするぜ)
最近はやたらと感情的になり、周囲にいる者へ八つ当たりしそうになる事が多い。
部下等に関係のない事で八つ当たりするわけにはいかない為、とにかくリフレッシュをしようと思い立ったが翌日、決行。
無事に一人になったところで、石を力強く蹴り上げた。
「おりゃー!!」
「もぎゃっ!」
石の進行方向から悲痛な声があがるのが聞こえ、慌てて茂みを掻き分けて向こう側へ向かう。
どう考えても今自分が蹴った石が偶々いた相手にぶつかったとしか思えない。
がさがさと音を立てて茂みを超えた先では、物珍しい髪の色をした幼児が頭を抱えて蹲っていた。幼児の足元には先程自分が蹴った石が落ちている。
「悪いな、さっきのは俺のだ!怪我してねえか?」
「う、……うううう、い、だい゛ぃぃ」
「わっ悪かったって!手当てすっからこっちに来いよ、ほんとごめん!」
顔をあげ、こくんと頷いた相手の両目からは滂沱の涙が流れており、額が真っ赤に染まっていた。見事デコにジャストミートしてしまったようだ。
幼児の額の治療をする途中で捉えた瞳の色はこの時代だと忌避されているもので、俺にとって実際に目にしたのは初めてだった。
(綺麗だなぁ……)
怪我をさせた箇所よりも瞳に視線が向いてしまったので、俺はまったく反省が出来ていないらしい。
手当てを終えた直後に俺を探しに来た部下の連中の声が聞こえたので、あいつ等にあのまま会ってもまだリフレッシュ出来ていない状態では駄目だと、幼児に碌な謝罪もしないまま移動してから数日。
ほぼ丸一日、剣の打ち込みをしたり昼寝をしたりと久々の休日を味わったからリフレッシュは無事完了した。
部下への八つ当たりの懸念が解消され、機嫌が戻った俺と部下たちとの楽しい会話を終えた後、ようやっと幼児の存在を思い出す。……やはり俺は反省出来ていないようだ。
石を当てただけといえばそうである。当たった個所も額で、障害にも繋がらないだろう。
そこまで引きずる案件ではないのだ。
だが今、俺は幼児と会ったあの森林に再びやってきていた。いや、なんでだよ。
上司に出かける事は伝えているので今回は部下の追手はない。
森林に来たはいいものの、幼児がまたここにいる保証は無く、どうしたものかと考えながら一先ず足を動かそうと一歩歩いたその瞬間。
「あっ、この前の……」
聞き覚えのあるようなないようなそんな声が背後からかけられる。咄嗟に振り向くと、幼児は目を丸くさせて俺を見つめていた。
苺みたいな目は、当たり前だが今回は涙は流れていない。それにほっと安心した後に以前怪我を負わせた額を確認し、綺麗に治っていることにまた一安心。
そしてどことなーく気まずい気持ちに陥る。なんというか、再会したのはいいもののこれからどうしよう的な意味で。
「あ、あー……よう、すまねえなこの間は。ちょっとムシャクシャして強めに蹴った石がお前に当たっちまったみてえで、そのぉ」
「そ、それは大丈夫、です。すぐ治りましたし……それに騎士の皆さんはあれ以上に痛い思いをしています、あの程度で泣き喚いた私が脆いんです」
「えっいや、そんな」
思った以上に良い子ちゃんだった。
幼児で男か女か判別が難しかったが、女のようである。それに良い子ちゃん。
倫理観が死んでいるこの時代では滅多に見れない良い子ちゃんの女の子に石を当ててしまったという事実が鋭い矢となって自分の心臓をブスブスッと刺された。
「んっ!」
「?……あの、これは?」
「怪我させちまったから、侘びにと思って……一番綺麗なの持ってきた」
「わあ……!」
嬉しそうな笑顔で差し出したゼラニウムを受け取る幼児。
とても嬉しそうな顔を見て、持ってきて良かったと思った。
「ありがとう、本当に綺麗!」
「別に、それは侘びだから礼を言われる筋合いはねえよ。でも喜んでくれるんなら嬉しい。……あのさ、お前って、俺と同じ……だよな?」
始めて会った時から感じていた。
この幼児は――とか言ってるけど実際は俺も幼児でそんなに大差は無いのだが――俺と同じ感じがする。
この身体になってから感じるようになった感覚が、今目の前にいる相手にも使用されていた。
きょとんとした表情になってから笑顔に戻り頷かれる。
「はいっドイツ人の聖母マリア病院修道会です!」
「名前長いな!?」
「よく言われます……」
やばい、思わず素で返してしまった。しょんぼりとさせてしまい、慌てて言葉を返す。
「俺はハンガリー!よろしくな、ドイツ人の聖母マリア病院修道会!」
「あ、皆さんは私の事をマリアやマリア修道会と言っています。長いので」
「……だよなー」
日常生活でそんな噛みやすい長い呪文みたいな言葉一々言いたかねえだろうしなぁ……と脱力し、肩を落とす。
しかし、この幼児は修道会の者だったのか。それに病院。ならば、こんなに大人しく良い子ちゃんな性格をしているのにも納得がいく。
これが自分と同じ国の化身であるわけがない。うん。
よし!と気を取り直し、改めてマリアと顔を合わせた。俺の落ち込んでいる姿を心配そうに見ていたマリアはビクッと肩を揺らす。
「マリア、マリアか……そうだな、確かに。お前がマリアと言われれば納得がいく」
「そ、そうでしょうか」
「勿論。怪我させて悪かったな、本当に」
「いえそんな!」
ぶんぶんと顔を横に振るマリアを見て、小さく笑いながら身体を伸ばす。
目的も達成できた事だしそろそろ帰ろう。
「うっし、じゃあマリア、俺帰るわ」
「え?も、もう帰ってしまうんですか」
「いやーもっとマリアと喋ってたいけどよお、今回はあんま長時間いなくなると不味いんだよな」
名残惜しくはあるが、これでさよならだ。
「それじゃ、またな」
「……!はいっ、また会いましょう、ハンガリー!私、ここにいますから……!」
地平線の遥か遠くになるまで遠ざかっても手を振るのを止めないマリアが、何故だか愛おしくてたまらなかった。
……まさか、このマリアがああなるとは夢にも思わず。
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