成り代わり | ナノ


天女かと思った。
森の動物たちの姿がやたらと見当たらないと思って森の中を歩き回って出会った外国の女を見た時、本当に天女っていたんだと思ったのだ。


「おねーさん、なんでここにいるんだ?」


小っちゃい鳥が指先に停まってて兎は周囲を飛び跳ねて鹿は傍で昼寝しててしかも熊までいた挙句大人しく丸まってた。食物連鎖という言葉を覚えたばかりの当時、なんで動物たちが同じ場所で争いに発展せず留まるんだと衝撃を受けた後に、異様に冷めきった表情をした見慣れない顔立ちの女を見れば「あの女の手によってこの異空間が作られているんだ」「あの女は人間じゃないんだ」と思い込んでも不思議ではないだろう。


「自由に生きる為です。独りで旅行をしているのですが、その途中でここに辿り着きました」

「じゆーって、なに、おねーさん箱入り娘?」

「そうかもしれませんね」


結局の所、日本語を上手に話す天女――偽物のフランシーヌ人形はマジモンの人外だったわけだが。
でもそんな事、ただの悪餓鬼だったオレが知れる筈も無い。大人になって厄介な仕事を引き受けた末に漸く知った事だ。それに今でも作り物の人形だったなんて実は嘘だったんじゃないかとちょっばかし疑っている。
必死だった。偽物のフランシーヌ人形の気を惹こうと話しかけて、夏休みを最大に利用して毎日会いに行った。別の場所へ移動しようとする度に村のあることないことを教えたり、挙句の果てには村の伝統技能を漏らしてでも押し留めた。


「これ、練習用の人形」

「私なぞに良いのですか?」

「汚さなきゃわかんないだろーし……なんだよ、やりたくないのか?」

「いいえ、そんな事は。ありがとう」


馬鹿な餓鬼だった。明らかに意識していたのに興味が無い振りをして、その癖ずっと離れなかった。
偽物のフランシーヌ人形は、違うか、ナナシはとても博識で外国の事や学校の勉強の事を質問をすればなんでも答えてくれた。
見た事が無い髪と目の色に豊富な知識、初対面の時の印象、森の奥深くでこっそりと二人だけの密会するという特別感、偶にだけ見せる笑顔。


(……あんな顔もするんだな)

「どうかしましたか」

「なんでもねえ」

「顔が赤いですよ、風邪を引いた可能性があります」

「ハァ!?あ、赤くない!」


もう、たまらなかった。今までずっと感じていた退屈なんて消えていた。
寝る前にあそこまで明日は何をしようか、どんなことを話そうかと頭を巡らせたことは無かった。ナナシと過ごした二週間弱はきっと生涯で一番楽しかった時間だろう。
ナナシと会って少ししてからオレは相手の名前を知らないし相手もオレの名前を知らないなと気付いて、相手から聞いてくるまで黙っていようと思ったがナナシが一向に気にする素振りすら見せずしかも帰国するとまで言い出したので、情けない態度を晒してオレの名前を叫んだ。まったく駆け引きが出来ていない阿呆である、我ながら。
ナナシが帰国した後のオレは抜け殻のように萎れた。退屈がぶり返して倍疲れた。本当に、心からナナシに夢中だったのだ。
だから、ジョージに着いていった果てにナナシの姿を遠目から見つけた時、顎が外れるくらい大口を開けた。

(なんでアンタが此処にいんだよ!?)

周囲の奴らは全員ナナシの事をフランシーヌ人形だと言っている。だが、別人だと勘違いしても可笑しくないほど違う顔貌だろうと表情が無かろうと、あたしには分かった。
こちとらあの時会った女の事を女々しくもずっと忘れられなかったんだ。
フランシーヌ人形なんかじゃない、あれはナナシだ。そう思っても、ナナシはあたしを見なかった。
なんでこっちを見ない?確かに成人して身体はでかくなったが顔も髪型もそこまで変化していないし、そう苦労もなく思い出せるはずだ。

(何故……)

まさか忘れているのか。それともどうでもいいのか。
名前を言えば、思い出してくれるだろうか。
……いや、そんな事をしたとしてあたしはどうなる。ゾナハ病を撒き散らす人類の敵に話しかけるとか馬鹿の極みだ。
だが今を逃したら、ナナシは――






「……あーあァ、何してんですかねぇアタシャ」


パンタローネから屈辱を受け、あいつがナナシの部下だという僻みと嫉妬も込めて長足クラウン号を奪取してやり返そうとするが独り手に動き出してしまい、戻る事も出来ずにそのまま脱出。
惚れた女一人守ることも出来ねえで、生き延びちまった。
――あ?

(……"惚れた"、女?)

浮かんだ数文字の言葉に、がちりと身体が固まる。
今更だ。
本当に今更過ぎる自覚だった。


「アシハナ、先程から様子が変だぞ」

「ハハ、そりゃそうでしょうね。自動人形と戦って疲れてんですから」

「それとはまた別に見えるがな」

「……はは」


言えるわけがない。
今回の戦いのラスボスを想念してたなんて。

(ああ……そういやぁこんな言葉があったっけか)

初恋は実らない。


「縁があればまた会いましょう、エイリョウ」

「約束だからな、ナナシ」



惚れた女を殺したであろう男を怨むことしかできない、保身を選んだなっさけない男にぴったりな末路だろう。



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