成り代わり | ナノ


※フランシーヌ人形の命を受理したパターン。



「違うって、右手の薬指中指の動きがもうちょい、こうだっ」


フランシーヌ人形は生命の命によって造られた為、活動する際に血液は必要としない。だが擬似体液が廻る私に血液は必須。
いきなり血液を欲するのは違和感が出るが、フランシーヌ人形は段取りを済ませていたようで定期的にワインの如く真っ赤な血が入れられたグラスを献上された。
血液を飲むのは初めてだったが、臭いはともかく舌は機能していなかったので飲み干す事が出来た。動く度に聞こえるゼンマイの音に自動人形たちは何も質問してこない。


「こう、ですか?」


無事に姿を晦ませるように事前に用意された作戦は全て滞りなく上手くいっていた。
私の勤めは『フランシーヌ人形』を笑わせようとする自動人形等を労わること。期限は『しろがね』が自動人形を蹴散らし私の前に立った時。
私は人形だ。
だが、人形だとしても。それは彼女の人形であってフランシーヌ人形の人形ではない。


「そう。……筋良いな、おねーさん」


勤めを果たす必要は無い。……とはいうものの、今の私を造ったのはフランシーヌ人形であることに違いは無い。
彼らを捨てて行ったフランシーヌ人形に思う点はあるが、ブラックボックスに刻み込まれている命を果たす義理があった。
「自由に生きて」
しかし、彼女の遺言もある。フランシーヌ人形の代わりをする傍ら、私は第二の人生を自由に生きることにした。


「見本が良いからでしょうね。ありがとう、坊や」

「別に……ただのタイクツ潰しだし」


テントの中で過ごす分にはあの機械音に問題は無いが、自由に生きる――外に出るには支障が出る。自己改造を施し、音が鳴らないよう改良するのに時間が必要だった。
尚且つ、彼らは『フランシーヌ人形』が危機に陥る事を良しとしない。外出するにも護衛がつくだろう、それは自由ではない。
よって彼らに私の計画を知らせるわけにはいかない。


「おにぎり持ってきた。おねーさんもどーぞ」

「既に昼食を済ませておりますので、貴方がお食べなさい。その気遣いだけで私は充分です」


外出する際の移動専用人形の作成と自己の改良を、テント内に置いてあった資料を参考にして進めるのに一年。
彼らの活動パターン及び思考パターンを割り出すのに十年。
しろがねの目を欺くための変装技術を磨くのに数十年。
綿密に計算を重ね試験的にテントから脱出し、数時間ほど抜け出せた。
数時間は半日になり、半日は一日になり、一日は数日になり、数日は一週間になる。今では半月まで伸びている。長時間留守にするのは危険なので半月も空けることは滅多になく、一週間前後が多いが。
そして私は様々な国を見て周った。


「……なあ、おねーさんの名前は?」

「名、ですか?」

「うん」


今回の旅行先に選んだのは東洋の一国、日本。そこで出会った少年に纏わりつかれ、同じ土地に留まり続けている。
事前の日取りは滅茶苦茶になったが旅先でよく起こる予想外のハプニングは、私の脳を刺激した。此度もそうだった。


「ナナシと申します」

「ナナシ……ずいぶんと、キレーな響きだなァ。おねーさんに似合う」

「お上手ですね、坊や」


私は人形だ。それでもあの人達と暮らし育ったから感情が無いわけではない。
テントの中はとても窮屈で、『フランシーヌ人形』は笑わない為何も表情を出す事は許されない。彼らが人々を苦しめている最中も同様で、矢張り外に居る時も窮屈だった。
独りで旅行するこの瞬間だけ偽物の私を脱ぎ捨て、本物の私は自由を味わえる。
少年に教わった人形繰りは一度も味わった事が無い感覚で楽しかった。


「あ」

「……はい?どうかしましたか」

「……おねーさん、笑うんだ」

「それは勿論、笑顔が浮かぶ時もありますよ」

「ふーん……」


今回の旅行も自由を謳歌する事が出来た。そんな時間ももうおしまい。
テント内を見張らせている通信機能付き人形が、彼らが私に会いたがっている事を伝えてきた。一人でいたいと自室に引きこもっている設定だがそろそろ顔を出した方が良いだろう。


「帰んの」

「はい、今日の夕方頃には出発します」

「……次は、いつ来る?」

「分かりません。都合がつけば何処にだって、何時だって居たいのですがね」

「色んなとこに行きたいんだったな……じゃあもう日本には……」

「日本も面白い国でした、縁があればまた来ます」

「……おねーさん、どこの国の人?」

「さて、どの国の人に見えますか」

「英吉利」

「どうでしょうね」

「教える気ねーじゃん」

「ふふ……坊やと私に縁があれば、会えますよ。きっとね」

「オレは坊やじゃねーよ!」

「私からすれば坊やですので」

「違う!結局お前の名前もオレが聞くまでまったく言わねえし、オレの名前だって聞かなかった!良いかナナシ、オレの名前は――」


ええ、覚えました。少年の名は、






(お久しぶりです、大きくなりましたね)

(そして、さようなら――――エイリョウ)


勤めが果たされる寸前に少年と再会するのはなんて皮肉だろうか。
しろがねに存在が悟られぬよう変装をしていた故、少年はかつて会った外国の女が私だと気付かないだろう。だがそれで良い。敵の親玉と面識があったなどと知られては肩身が狭くなる。
ナナシと交流してくれた人が今も世界に存在するだけで、第二の人生を生きた甲斐があるというものだ。


「フランシーヌはどこに行ったんだ!?」


なんて憐れな人。私が人形でなければ、この身体に宿った意識が私でなければ、彼らが殺戮を続けることも無かったかもしれないのに。
ナルミ・カトウ。なんて、可哀想。
細やかながらでも彼の慰めになればと、私はかつてフランシーヌ人形から受け取った歯車を差し出す。


「彼女はしろがねが操る人形を造る人間の元へ、向かいました」


造物主が彼女にしたように、彼女も自動人形を置いて。
そして私は人間よりも人形を優先した。人形よりも自由を優先した。私が天国に行くことはないだろう。


「ありがとう、ナルミ……私は、貴方が、しろがねが私を破壊しに来るのを待っていました。私は、人形。でも精一杯……出来る限り、自由に、私は、」

「ふざけるな!!オレ達はいったい何のために、何のために戦ったのか……!」

「ああナルミ、一足早く、私だけが楽になってしまう事だけが、気がかりです」


怒りで開かれる瞳。迫る刃。
これで私も本当におしまいだ。
すみませんでした、人間の皆さん。この九十年間、迷惑だけかけ続けた。


「さようなら」


身体から首が離れ、意識がぷつりと消える。



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