成り代わり | ナノ


私は人形である。とある時代とある国とある貴族とある令嬢、その影武者として育てられた。
何をおいても第一優先事項は令嬢の安全。暗殺等の恐れがある危険な場に赴くのは私の役目。令嬢が恥をかかぬよう、そして違和感なく過ごす為、令嬢が受けた教育を含めた演技指導と心構えが私に与えられた物。
その人生で私が受けた物は、きっと素晴らしい物だったのだと思う。人生の終わりに差し掛かって初めて知った事実だが、影武者という者は本来本物と家族のように暮らす事は無く、粗末には扱われないが偽物故に愛は無い物らしい。

令嬢も、令嬢の両親も、躾役の老婆も、私を見て笑う。優しく頬を緩めて笑う。悲しげに笑う。
ごめんね、と謝られたこともあった。私は令嬢の為に生まれた存在でただのそっくりさんの人形である為気にする事は無いと伝えたが、令嬢は泣いてしまった。
私の存在意義は令嬢の安全を保障する物だ。令嬢を守れるならばそれで良かった。しかし、心を護れなかったようである。

そして私は、心だけでなく身体すら護る事が出来なかった。拳銃での射殺を狙った暗殺が行われた瞬間、令嬢は、彼女は私を庇ったのだ。本末転倒だ。馬鹿なと心底思った。何度も思った。これは性質の悪い夢かとも思った、だが現実だった。
「役目になんて縛られないで、自由に生きて」
これが彼女の遺言だった。しかし、その後会場にいる全員が恐らく爆弾によって殺されてしまったので彼女の言葉を守る事も出来なかった。

失意の中、意識が薄れていった。


「目を、お開けなさい」


そして、目が覚めた。


「おまえの名前は今からフランシーヌです」


――彼女が目の前にいた。


「はい……私の名前は、フランシーヌ」


表情は乏しいながらも彼女はそこにいた。まさか先程見た光景は本当に悪夢だったのでは、という私の楽観的予測は直ぐ打ち砕かれる事になる。
新たな私の脳と心臓に当たる部分、ブラックボックスに設置された知識によって、眼前の彼女は彼女ではない事を突きつけられたからだ。
本物の彼女ではなくフランシーヌという自動人形である彼女が語る事はどうでも良かった。だが彼女はとても彼女に似ているので切って捨てる事も出来ず、そして彼女から受けた命を遂行する自動人形としての私に拒否権は無かった。


「私は、この世から消滅しようと思います」


人が苦しむ様を見て笑える感性を持つ人間は少数だ。彼女と出会ってかけられた少ない言葉からでも、彼女の感性は至ってまともに見える。憎い相手でもない赤の他人に苦痛を与えるだけで笑えるわけが無い。
それを伝えるべきか、判断に迷った。


「恐れながら問わせて頂きます。御主人様が消滅するというならば、真夜中のサーカスはどうなるのでしょう?」

「ええ……私が居なくなれば存在意義を失ったも同然、混乱が起こるのは必須。ですから私はおまえを造ったのです。おまえが私の代わりとして『真夜中のサーカス』の団長になり、旅を続け、おまえが彼らを慈しみ、労わってあげなさい」

「……恐れながら進言致します。私では御主人様の代わりなど到底勤まりません、他の自動人形も異変に気付く事でしょう」

「全て私と同じ振る舞いをするように設定してあります、機能に問題はありません」


どんなに造形が似ていようが彼女は彼女ではない、とよく理解する事が出来た。


「幾程御主人様と私が同じであろうと、彼らが忠信を捧げるべき相手は私ではありません。私は所詮影武者、偽物の人形です。これでは、貴女に取り残される彼らが憐れではありませんか。偽物を本物と崇める彼らは、どうなるのですか」


身体を動かせばゼンマイの音が鳴る。キリキリと鳴る。だが彼女が動いてもゼンマイの音は聞こえない。
彼女の創造主と私の創造主の彼女。二人の腕にはかなりの差がある事は明白だった。バレる可能性が高い。
しかし、それよりも私は。


「どうか憐れな彼らを見捨てないでください、御主人様」


最期の瞬間まで私を案じてくれた彼女と、何も伝えず独りで消滅しようとする彼女を重ね、生まれて初めて感じる衝動に参っていた。
これはなんだろう。嗚呼、教えてください。誰でも良い。既にこの身体にはない筈の心臓が熱い。
彼女を、睨みつけずにはいられない。


「私は……」


今まで合っていた視線が噛みあわなくなる。表情は変わらなかったが、彼女はきっと動揺をしているのだと思った。


「……大変差し出がましい事を口にしました。不愉快に思われたでしょう、私は不良品ですので処分しまた新しい人形を御造りくださいませ」


そう言って、私は彼女に頭を下げた。
だが彼女が私を処分する事は無かった。そして消滅という目的を変える事も無かった。結論から話すと、真夜中のサーカスは解体される事となったのである。

彼女――フランシーヌ人形に最も長く付き従っている最古の四人にのみ真実を伝え、フランシーヌ人形と四人は話し合った。彼女は彼らとの対話によって決めようとしたのだ。
四人は猛烈に反対した。フランシーヌ人形は意見を貫いた。四人がどんなに語っても、消滅したいのだと言い続けた。四人は最終的にフランシーヌ人形の決定を受け入れた。そして、フランシーヌ人形は東洋に行く事になる。


「我らは……フランシーヌ様を笑わせる事が出来なかった……」

「なんと、なんという無念……!」


嘆きながら嵐の海の向こうへ去って行くフランシーヌ人形を見送った彼らは、黙々と真夜中のサーカスの解体を始めた。
フランシーヌ人形へ忠誠を捧げるある程度の数の上級人形は真実を伝えると自ら活動を停止した為問題なかったが、質の悪い低級人形は忠誠心も低く、すぐさま活動停止にまでいかない個体が多かった。故に彼らが一つ残らず破壊した。耐久度は彼らと比べ物にならないので簡単に終わった。

上級人形も個性が強いタイプが混ざっており人間を襲いたいと喚く輩がいたが、その者達も彼らによって破壊される。
私は真夜中のサーカスの解体を全て眺め続けた。
世界に散らばり人間に溶け込んでいる自動人形を収集し、活動停止或いは破壊。この世に生まれた自動人形たちを残らず破壊。破壊。破壊。
私は、全てを見ていた。


「申し訳ありません、フランシーヌ様、申し訳ありません。我々が至らぬばかりに、人間風情に消滅されたいと願うまでになってしまうだなんて」

「フランシーヌ様ァコロンビーヌも直ぐ消滅致しますねぇ」


役目を果たせぬ事を嘆きながら活動停止する彼らをしかと見届けた。
この結末を憐れむ人もいるのだろう。真実を知らぬ方が傷つかずに済んだと考える人もいるだろう。
だが、私は、人形だった私は、そうは思えなかった。
偽物の主を仰ぎ忠を注ぐ方がよっぽど恥だとしか思えないのだ。


「御主人様、不肖ナナシは……」


気に入らない事を気に入らないと跳ね除けたのは、始めてだった。
やりたい事だけをやったのは、始めてだった。
けれど、ああ、でも、悲しい。
「役目になんて縛られないで、自由に生きて」
最大の後悔だけが雪げない。


「――ずっと、自由に生きていたのですよ――――」


貴女を護っていた事は、自分自身の意志だったのに。


キリキリキリ。
身体から流れる音が、止まった。



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