施設は爆発し戻れない。周辺は止まぬ吹雪ばかり。何の道具も持たない身一つでは、どんな頭脳を持ってしても、答えを出す者の力があっても脱出方法の解は無かった。
「その本を読め」
ある男が現れるまでは。
「さて、此処までくれば貴様の身体でも問題なかろう」
安定した気候の土地まで移動すると男は足を止めた。
オレを乗せていた伸縮自在のマントから降り、男から渡された本を見つめる。
「余の名はナナシ・ベル、千年に一度執り行なわれる魔界の王を決める戦いに参加する魔物の子供だ。この戦いを制するにはこの本に書かれた呪文を読む事の出来る――」
「人間のパートナーを見つける事が第一事項、最終的な目標は最後の一人となるまで争い続けること、一人となるまでお前や他の魔物は人間界に居続け争いの期間も伸びる」
「……ああ、その通りだ」
此奴が齎す情報によって生まれた疑念に答えが出れば、説明される必要もない。
オレよりも幾らか低い位置から向けられてくる視線はぴくりと揺れ、頷いた。
「分かっているなら話は早い。余のパートナーは貴様だ、余が勝者となるまで力を貸せ」
「良いだろう」
僅かに瞳孔が広がった。予想していた答えと外れていたんだろう、ナナシは意外そうにオレを見つめる。
「即答か。理由はなんだ」
「お前、頭悪いな……オレだけでは北極から出る事は叶わない、お前がいなければ死んでいた。お前が拾った命だ、好きなように使え。分かったか」
「……なるほど」
ナナシは少しばかり眉を顰め、オレの全身を眺めると脱出の際と同じようにマントを肥大化させた。
オレがマントに乗ると、ナナシはある場所へ向かって動き出す。
「これから用意していた拠点へ向かい、貴様の身形を整える」
「ああ」
「余は王になる目的以外に一つやるべき事がある。勿論貴様も手伝うのだぞ」
「ああ」
「当面の衣食住は余が準備するが、貴様の身体に何か病状はあるか」
「お前頭悪いな、問題が生じるほどの事があればさっきの話の中で伝えているに決まってるだろ」
何やらビキッと音が立った。オレと話す輩がよく立てるものだ。
「……よく分かった、貴様はそういった性格なのだな。まず言っておくが、いいか、余をお前と呼ぶな。余の名はナナシだ」
「ああ」
「貴様の名はなんだ」
一瞬、解の速さが鈍る。
「そんなものは無い」
母親が名付けたものと研究員が呼ぶ際に使うもの、二種類あったがそれも先程の爆発で消えた。
「そうか。では貴様はこれからデュフォーと名乗るがいい」
「――ああ」
次に鈍ったのは、解ではなく身体だった。
デュフォー。
……デュフォーか。
「名字として使われるものだが、ナナシが言うのならそれをオレの名にしよう」
「……文句があるなら別のものにするがいい」
「お前頭悪いな、名にすると言っただろう」
「貴様またお前と言ったな、貴様こそ頭が悪いぞ」
「ナナシ頭悪いな、自分で名付けたものを使わないでいる」
ビキッ!と一段とでかい音が聞こえた。
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