成り代わり | ナノ


この世に生まれて良い事なんて一つも無かった。
奥歯を噛みしめ、心に存在する良心を振り絞りきって強いて言うなら、終わりが存在することだけが希望で、良い事だと思える。
何をしても俺はジョナサンのレプリカに過ぎなくて、何をしても結果的に知識をなぞるだけ。

俺の名前はナナシ・ジョースター。名前が違うだけで、本人じゃないだけで、俺は結局ジョジョだった。
自分じゃなくても物語通り進行するのなら、俺でなくて良かったじゃないか。
やっとこの世からおさらばできたと思ったらまた別のこの世に誕生するだなんてどんな悪夢なんだ。

だから、あの時俺はやっと安心というものを得られたんだ。
これで終わる、と。
ハネムーン途中にやってきた事とかぶっちゃけどうでもいいんだよね。だってそうなるって知ってたし、寧ろ終わる予兆として喜んでたよ。お前と沈むのは嫌だったから、仕方なくっていう部分は合ってるんだけどさ。
また別のこの世に生まれる可能性は、不思議と考えなかった。本当にこれで終わるんだと安心感だけがあった。

……まあ、結局お前が壊したわけだけど。


「生まれ変わる……か。つまり『天国』は存在しないという事か……」

「よくお前が天国だの地獄だの、存在を信じたね」


俺もディオもキリスト教徒を偽っていた者同士であり、神の存在を信じてはいない。もしくは否定的……少なくとも良くは思っていない。
他人が考えた救いの概念を受け入れ、信じて辿りつこうとするディオの思考回路は全く分からない。理解できたとしても俺にとって意味は無いだろう。
俺が生き返って早数ヶ月、俺を手放そうとする気を一切見せないディオの姿に段々俺は投げやりになっていき、最終的に俺が体験した吐き気のする前世について知識を除いたほぼ全てを話した。

そもそも、俺が今までどう動いても知識通り以外になった事がなかったのにディオは呆気なく道を捻じ曲げたのだ。最初は怒りが沸いたが、時間が経って冷静になった今は寧ろ歓迎すべきことなのかもしれないと思っている。俺が持つ前世の話をディオに与えたらどうなるのだろうと、知的好奇心が抑えられなかったのであった。
大変腹が立つことにディオは魅力的に振舞うことが得意だ。話を聞く態勢に入ると、俺の口はすらすらと動いた。静かにして相槌をうつあの綺麗な姿が本性だったら俺のジョジョとしての人生はもっと楽だったろうに。


「………………幼い頃、母がな」


ぼんやりと顔だけは良いディオを眺めていたら、返ってくるとは微塵も思っていなかった返事に目を丸くする。
確かに父への憎悪とは別に、母には愛情を感じていても可笑しくは無い描写もあるにはあったが、天国を信じたことにも母が絡んでいるのかと意外に思う。


「ふうん。まあでもさ、俺のパターンは異例中の異例だと思うよ。この世に生まれる人数は全体で見るとほんの一握りで、実際に天国も地獄もあって今も尚大半の人の魂はそこで楽しんでいるか清めているか……または人類が絶滅して地球が滅ぶまで魂は休みなく生まれ変わりを繰り返すのか」

「貴様が記憶を持ってジョジョとして生まれたのは、『特別』だからか?それとも『偶然』……か?どう思っている」


棺桶から復活したディオは何故かいつもこうして俺に何かしらの価値を見出そうとする。特別だ、必然だ、例外だ、と。
自分自身へのプライドが高すぎて、その自分を追い詰めた俺がただの凡人だと相対的に価値が下がるからって一々俺に特別性を引っ付けようとするのは止めて欲しい。
一気に話をして渇いた喉をワインで潤し、テーブルに置きディオと向き直る。


「偶然とか何かしらの意図が介入してるとか、そんなのはどうだっていい。重要なのは結果だ。俺が生まれてしまったという結果だけが重要なんだ。"この世界に生まれたことが不愉快でしょうがない"、これが答えさ。満足したかディオ」


強制的に甦らされ、知識の道筋を外れ、このくだらない世界でもう暫く生き続けなくてはいけなくて。
前世のことをディオに話してから、俺の箍はどんどん緩くなっている。
ディオに本音を語ったところで何の意味もないというのに、誤魔化したりせず本心を告げている俺。だが止めようとは思わない。
もうジョジョとしての台本は読み終えているのだから、いい加減俺の考えとその場その時の気まぐれで動いてもいいだろう。


「ククッ。ではこの世に未練は無く、気にかける事柄も無く、全てに関心が無いのだな」


何故そんなにも楽しそうなのだろうか。ディオのそのやたらと前向きに考える思考だけは羨ましい。


「いったい俺の答えの何がお前を楽しませているのかは分からないが、その通りだ」

「フッ、ハハハ……ハハハハハハハッ!」

「気でも触れた?」

「ジョジョ、お前がいるなら俺は一生退屈せん。それを再認識しただけだ……クク」


腰掛けていたイージーチェアから立ち上がり、ディオは相変わらず楽しそうな、愉楽を浮かべた顔を俺に近付ける。
二メートルに近い巨体二人が頬を擦りあわせ身体を密着させる様を第三者が発見したら顔色を悪くするどころかゲロを吐いても可笑しくない。俺だって一ミリも嬉しくない。第一今のディオの身体は元々俺の物だ、ディオそのままであったとしても気持ち悪いというのに……


「エリナではない、このディオが……ジョジョの半身だ。俺がお前の生涯を終わらせ、そして命を作り上げた。このディオがだ……エリナじゃあない。お前の半身は、共に生きる相手は俺なのさ」


唐突に上がったかつての妻の名前に首を傾げる。このタイミングでエリナの名を呼ぶディオは本当に訳が分からない。
訳が分からないままディオの口によって俺の口が塞がれ、欲の赴くまま果てようとするディオに内心溜息を吐き今日も思考を放棄した。



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