タマムシ大学にて、私は週に一度特別授業をさせていただいている。
しかし、講義中だと言うのに私の心は上の空。以前から行ってきたことなので、なんとかミスも起こらずに授業は終了しました、一応は先生として最低限の務めを果たしたつもりです。

私の心を掻き乱しているのは……『レッドが行方不明』という、信じ難い事実。
レッドは今やこのカントー地方で一二を争う腕のトレーナー。
そんな彼が一か月前、とある挑戦状を受け取り戦いに行った後から連絡がパッタリと途絶え……いえ、ここまでならこの二年間の間によくあることだったのです。
事情が変わってきたのは、レッドの手持ちポケモンの一匹のピカがボロボロの息絶え絶えの状態でオーキド博士の研究所にやってきたという異常な事態から。

レッドが無事かどうかの不安からくるストレスなどで、私は近くから見れば直ぐに分かる程顔色が悪くなり、1時間前に副校長からも心配されてしまった。
……こういう時にきちんと、しっかりしなければいけないというのに。

私がこんなに動揺してしまうくらい、それほどまでに彼は強かった。
今は人員を払いレッドの情報を必死に探しているが、今の所これといった手掛かりは零。試合を行う場所が描かれた果たし状はレッドが持って行ってしまい、どこで戦いが行われたのかすら分からず手探りの状態。
私はパソコンをたちあげ、このことを知るジムリーダーの一人であるカスミと連絡を取った。

「……カスミ、どう!? その後情報は入手できて?」
《ううん、とにかく博士のところからピカをつれていった黄色い麦わら帽子の男の子だけが今のところの情報源だわ》
「……そう」

やはり駄目か……
私はパソコンから目を逸らし、明後日の方向を見つめる。
目を閉じなくても思い浮かぶのはレッドの顔。

「レッド……」

感傷に浸っていると、カスミが《あっ》と声を漏らす。
私は反射的に顔をパソコンへ戻し、

「どうしたんですの!?」

と、我ながら呆れるほど厳めしい表情になっていることを自覚しつつも思わず荒げた。
もしかしたらレッドに関する情報が入ったのかも、と淡い期待を抱きながら。
しかし、帰ってきたのは予想とは全く違う物だった。

《あ、いや……ごめんなさい。挑戦者が来てたんだけど、どうせ直ぐやられるだろうって思ってたらあっさり私の部屋の前まで進んでたみたいで。
 負けるって予想してたから扉の鍵をロックにしっぱなしになってるから困り果ててジムトレーナーに質問してきたらしいの。それで私の所に連絡がきたわ。行かなくっちゃ》
「……そうなの」
《期待させたみたいでごめんね》
「そんなこと、」

ない、とは言えなかった。隠しようのない事実だったから。
喉まで差し掛かった処世術は、決して外に出てきてくれない。
カスミは明るい笑みで《相手が私で良かったわね、エリカ様。貴女に嫉妬してる女だったら鼻で笑ってたわよ》と誤魔化してくれて、どうしようもなく目頭が熱くなる。

《挑戦者を相手にしなきゃいけないから切るわ》
「ええ……それじゃあ」

――ブチッ

今まで映っていたカスミの顔が消え、幾つかのファイル画像とネットへアクセスする為のアイコンだけが画面上に残る。
私は椅子にも座らず立ち尽くした状態のまま、静寂を無くす時計以外の音が一切消えた室内で夕飯の時間を過ぎても、無言で窓越しに空に浮かぶ三日月を眺めていた。

女中がここタマムシシティの郊外に『黄色い麦わら帽子を被った人物』の目撃情報があったと知らせに来たときは、既に外は闇の中……深夜に差し掛かった頃だった。




時は数刻戻り、エリカとのテレビ電話を切った直後のカスミ。

「ふぅ……エリカ、化粧で隠してあったけど目の下に隈があったわね。全く、男ばっかの大学じゃあバレなくてもこのカスミ様の目は誤魔化せないわ!」

フフンと笑いながらもカスミの手は忙しなく動き、ヒトデマンやクラブが入ったモンスターボールを素早くベルトへ装着させ、壁に設置されたリモコンボタンを操作する。
とある緑色のボタンを押すと、《ロックが かいじょ されました》と機械的な女性の声がアナウンスされ、カスミは急いで事務室から飛び出た。

(ええっと、確か挑戦者は男で12か13くらいの子供だったけ?)

ジムトレーナーから教えられた情報を素早く頭の中で整理しながら走る。
エリカとの話し合いはあくまでジムリーダーには関係がないプライベートのこと。公平に考えれば『ジムリーダー・カスミ』にとってはさして重要なことではない。
今日は平日で、そしてジムも開放している。
それなのにジムリーダーがいないとなると、下手すればポケモン教会に連絡され説教を受ける……ならまだしも、反省文を書かされるかもしれない。

(いや、まあ勝てる訳がないって高をくくってた私が悪いんだけどね!)

しかしここ2年、レッドやグリーンといった骨のあるトレーナーが挑んでくることはなかった。
だから今回もそうだと勝手に判断してしまったのだ。思い込みって怖い。

(……ん? 骨のあるトレーナー、って……)

この単語が頭のどこかをかすめ、何故か引っ掛かりを覚える。
どこかでそんなトレーナーについて聞いたような……
そんな事を考えている内にカスミはジムの最奥、本来なら自分が待ち構えていなければならない部屋に辿り着く。

(はぁ、このことで挑戦者からヤッカミを言われなきゃ良いんだけど……)

自分の事情を棚にあげながら肩で息をし、深呼吸をして余裕たっぷりのジムリーダーに見えるよう出来る限り身形を整えてからドアを開けた。

「ごめんなさいね、少し用があって席を外していたわ」

――なぁカスミ

「私はハナダジムリーダーのカスミ!」

――ついさっき、俺のポケモンをいとも容易く倒した骨のある挑戦者がいてな

(……『骨のある挑戦者』)

――茶色の髪で目は藍……いや紫色。少し中性的だったな

「待たせてしまったことは謝るけれど」

――次はお前のジムに挑むって言っていたから

「勝負に関しては話が別だからね」

――お前も覚悟していた方が良いぞ

つい一昨日の夕方頃、唐突に電話をかけてきたタケシの言葉が不意に脳裏に蘇る。
てっきりレッドの話かと思ったのに、最近は暗いことばかりでちっとも楽しくなさそうだったタケシの声色は明るく弾んでいて、私はレッド関連じゃない事を少し残念に思いながらも、タケシが楽しそうでホッとした覚えがあった。
だが、残念な気持ちとタケシに対する安堵感で挑戦者のことは全くスルーしており、今の今まで頭の隅にすら残っていなかった。だから、多少の引っ掛かり以外何もなかったのか。

「はい。胸を借りるつもりで挑ませてもらいます」

ブラウンとパープル。
私を目の前にしても微笑みを崩さない挑戦者の髪色は茶。そして瞳は紫とも藍とも取れる色合い。
――なんだ。

「貴方、ちょっとは楽しませてくれそうね……!」

さぁ! タケシの時のように私を昂らせてみなさいよ!



彼を想い、彼と戦う(1/2)
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