嗚呼なんて軽薄な方! 始めて手に取った武器が剣だった。偶然にもそれは俺の性に合っていたらしく、実益と趣味を兼ねて人を斬った。お金が無いとメシは食えんが人を斬れば報酬が貰えた。報酬は時として金、時として食糧だった。 死にたいわけではなかったのでメシを食った。メシを食うには金がいる。金を手に入れるべく人を斬る。繰り返し。繰り返し。 今日もメシが美味い。 「因果応報だよ、君」 どうやら人を斬るのはいかん事らしい。 斬る事がというより、殺す事の方がいかんようである。 「そうだったのか」 始めて知ったなァと痙攣して動かし辛い唇で呟く。 倒れる俺を見下ろす男の姿は、目が霞んであんまり見えなかったがしかし随分と苦々しい顔をしていたような気がする。 目が覚めたら赤子だった。周囲の建物も人も古臭い。 てっきり俺は死んだと思ったが二度目の生を与えられたようだ。誰に与えられたのやら。神かあの男かはたまた偶然か。 前の時はいなかった両親は何が面白いのか俺を抱いてにこにこ笑う。 「生まれてきてくれてありがとう」 斬るのは一瞬だが、育てるのは長い時間がいるようだ。 強盗に襲われた両親は最後まで俺の身を案じていた。齢六つの俺を一番後にした男が背中を見せたので、これは丁度良いと首を折った。男が持っていた巾着にはそこそこの銭が入っていたから家の貯蓄も合わせて当分はなんとかなりそうだ。 一先ず強盗の件を長老に知らせねばと家を出ると、少しばかり血の香りがした。道端の影に隠れ様子を見ていると次々と男たちが風呂敷を持って隣人の家から出てきて楽しげに笑っている。どうやら複数犯だったようだ。 俺の存在がバレる前に町を抜け出し、放浪の旅に出た。最初こそ幼い身体の一人旅で苦労の連続だったが年をとるごとに楽になっていった。 道端に転がった死にかけや土左衛門から物を剥ぎ取って売れば小銭にはなる。たまに護衛の仕事を頼まれたりもした。こつこつと稼いで上等な刀を手に入れてやっと一息吐き、さてこれからどうしようと首を捻る。 まともな武器が欲しいと工面していたが目標を達成すると急速にやる気が無くなってきた。死にたいわけではないから殺し以外で金を手に入れてメシは食う。 今日もメシは美味い。 「中々やりますね」 能面のように表情一つ動かさない男に急襲を受けた。 避けていなして殴って蹴って、斬って斬られてまた斬って。 「なっ……再生、しない」 「何を当たり前のことを」 男は強敵であった。 作り出した隙を突いて右肘を斬り捨ててやると、不思議な事に目を見開いて己の肘を穴が開きそうになるまで眺めつづけている。 追撃を加えると男の意識がこちらに戻る。もう能面では無くなっていた。男は俺に熱い視線を送り反撃してくる。 先程よりも随分と動きが鈍くなった男が倒れたのはそれから数時間後のことだった。 「ここまで、か」 両手両足を全て斬り捨ててやっと男は降参した。出血多量で死んでいても可笑しくないはずだがそれでも生き続けている。 不可解ではあったが、無学の俺に理解できない事など山ほどある。 これで終わったと肩の荷が下りた事の方が重要であった。刃毀れした刀を鞘に戻す。鍛冶屋に行かねばなるまい。 「殺さないのか」 「なんでだ、それはいかん事だろう」 「私は、人を襲うぞ」 「どうやって?今のお前がどうやって人を襲えるというのだ」 「何故捨て置く」 「ここまですればお前は無力だろ」 何回も男は俺に話しかけてきた。俺が立ち去ろうとする気配を見せれば声を大きくして止めた。男の顔は能面には程遠くなった。死ぬ気配を一切見せず、光の入らない瞳が必死に視線を俺に送ってくる。 「待て、行くな」 はて、子が親にかけるような声で何故男は俺に話しかけるのだろう。 気になったので、男の傍に寄って腰を下ろす。男は何も言わずに見つめてくるが相も変わらず視線は強いままであった。 「何故縋る?」 「……なにが」 「お前は俺に何を求めている。お前は俺を襲ったし、俺はお前の手足を斬った。だのにお前は子供のように俺に縋ってくる。結局、お前は何がしたいんだ」 男は言葉を失った。それでも視線は動かない。男の眉間に皺が寄っていて般若のようだったが、俺には泣きそうな顔に見えた。 「私は、不死者だ」 丸々十分ほど黙り込んでいたので、鼻提灯が出来ていた。ぱちんと割れて顔を上げる。 男は語る。理由は定かではないが己は不老不死なのだと。幼い頃事故によって右手を失ったが直ぐに新しい右腕が生えて来た事。それを目撃した両親に化物と呼ばれ、村中で処刑された事。何度も処刑された事。それでも死ななかった事。最終的に牢へ封じ込められた事。何故封じ込めているのか、そもそも封じられている物はなんなのか、村人が分からなくなるほど長い年月を過ごした事。牢が朽ちその場所から出た後、衝動の赴くまま人を襲い続けてきた事。そして、俺に出会った事。俺が斬った個所の再生をすることが出来ない事。 俺ならば己を殺せるのではないかと思った事。 成程と相槌を打つ。 終わらぬ生に終止符を、と望む男は、矢張り俺に縋っていたのである。 「人を殺すわけにはいかん」 「私の何処が人だ、ただの化物だろう」 「俺にとってお前はただの人だよ」 「では、達磨を斬れ。手足のない私はただの達磨だ」 「それでも駄目だ。俺は既に一度死んでいる。随分と人を斬ってきたからな、因果応報と言われたよ。報復で殺された。俺はお前と違って死にたくないから、因果応報を受けたくないのだ」 さらばだ、人よ。俺は美味いメシを食いたいのだ。その為にも、長く生きねば。 *** 流行病にかかって死んで、夢主はまた転生して虚と再会。そこから始まる私を殺せと執着するストーカー生活。まで書きたかったけど長い。 |