世界のヒーロー


半ば刷り込みのような憧れだった。
この世界の、中心。
この世界の、主人公。
この世界の、ヒーロー。

きらきらと視線を送ることを許されないのは、自分が最狂最悪の登場人物と成ってしまったから。
母を早くに亡くして、父はその人柄のせいで他人の借金を押し付けられてそれを返済することなく死に、幼い弟と二人で腐りかけの道場を守るために走り回る日々。

志村名前、それが私の名前である。
姉にも妹にも志村妙という存在が無く、境遇、そして第一に弟により、否応なしに現実を叩きつけられたのだ。
しかし、悲観してばかりもいられない。
キャバクラで働くのはともかくノーパンシャブシャブ(未遂)をするだなんて嫌だ、オッサンに金を理由に迫られるのは嫌だと、志村家の借金について書かれた紙を始末しに相手の船に乗り込んで証拠を隠滅した。

手伝ってくれた優しい友と仲間の協力により、これは上手くいった。非常に喜ばしい。
大変なことを仕出かしてしまったのだと気付くのは、何時だって後だ。
弟、志村新八とこの世界のヒーロー、坂田銀時の仲が深まるフラグを潰してしまったのだから。
新八はファミレスの面接に受かり、無事採用されたので出会う事自体は問題はない。

ここは主人公様と副主人公様のコミュニケーション能力と(多分きっと恐らく)新たに起こるイベントに期待するしかない。
と、思っていたのだが。


「……あらあら」


買い物袋を引っさげた状態で、原作のシーンを別のカメラこと私自身の目で目撃。
私も見かけることはとても少ない新八のキレた姿を視界にいれつつ、ヒーローと目が合った。ヒーローのだらけきった瞳が僅かに見開く。
……ああ、ヒーローは矢張り、何処か纏う雰囲気が違う。
強張る表情筋を内心叱りながら、キャバクラの接客業で鍛えた営業スマイルを浮かべ、早速挨拶。


「初めまして、そこの眼鏡の姉こと志村名前です」

「姉上ェェェェ!?眼鏡って僕の事!?名前で呼んでくださいよォ!?」

「煩いわね。こんな昼間っから仕事放って元気に走り回ってる愚弟なんて名で呼ぶ必要性を微塵も感じません」


「あのォ」


「……はい?」

「なんですか全く」


どきん、と有名人やお偉い方に話しかけられた時のように鼓動が鳴り響く。
顔には出ないように気を遣っているが、ヒーローには軽くお見通しかもしれない。だって、ヒーローなのだから。
出来るだけお妙のように振舞わなければ。
ゴリラ女と呼ばれるような怪力は生まれながらに身についている、護身用として武芸もそれなりに嗜んでいるし薙刀も扱える。大丈夫、お妙の代わりは務まるはずだ。

真剣な表情で己を見つめるヒーローに向けて、私頑張りますからと無意味だが自分にとっては有意義である立派な儀式として心の中でガッツポーズをする。
それにしても、やっぱり格好いい。素敵。
確実に死んでいる魚の目なのに。これが俗にいう盲目補正だろうか。


「すいません、一目惚れしたんでこれからどんどんアプローチしていく予定を今さっき組み立てました坂田銀時と言います。名前さん、ですよね。宜しくお願いします」

「……はい?」


ヒーローが言った言葉の意味が理解出ずに先程と同じ台詞をそっくりそのまま言った私と同時に、新八が額に青筋を浮かべながら全力でヒーローに殴り掛かった。
こんな展開、なかったはずなのに。
ノーパンシャブシャブフラグを折ってしまったのが原因なのだろうか、それにしては起こるイベントの内容がぶっ飛びすぎてない?


(いや……待って。というか、え?一目惚れ?)


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