ふじのはな


喀血が止まらない。
どんなに胸を押さえつけようとも、息を止めようとも。
身体の内側が熱く燃え滾るように叫んでいた。
直ぐ傍にいてくれる存在すらも霞む視界で、記憶にある中よりも逞しくなった胸板に寄り掛かる。


「しっかりしろ、目を開けるんだ!」

「ああ、あなた……あな、た……ここに、ここにおられるのです、ね」

「俺はここにいるっ、お前の隣にいる!」


視力がなくなりつつある己が恨めしい。
このように声を張れるようになっただなんて。やっと元気になられたというのに。
それなのに。


「おねがいが、……あります」


私がもう永くないことぐらい、分かっていた。だから、優しい貴方に最後のおねだりをした。


「中庭……庭の、花を……あなたと、みたいの」

「わ、かった、連れて行く、連れて行くから」


そっと抱き抱えられる。彼の人の腕で、ああ……
快然された姿を見る事が出来ない己はなんて不幸なのだろうか。
ああ、ああ、悲しい、今にも泣いてしまいそう。
でもね、私は泣かないの。


「なんてあたたかい」


だってこんなにも力強い二本の腕が、抱きしめてくれているから。


「とっても、いいかおり」


私が家元から離れこの御家に嫁いだと同時に移植した、あの花の匂い。
目が利かない今だからこそ、豊かな芳香がよく分かった。
まあ、なんて幸せなのかしら。
こんなにも幸せになれるなんて、思ってもみなかったの。


「ずっと、こう、されたかった、のです。まるで、夢の、よう……」

「これからは幾らでもしてやれる!いつだって、お前が嫌と言うほど……!永遠に、だから、待てっ閉じるな起きろ!」


嬉しい。ああ嬉しい、嬉しいわ。
貴方が隣にいてくれて嬉しい。
貴方が抱きしめてくれて嬉しい。

貴方が私を愛してくれて、嬉しい。

あら、あらら、ごめんなさい、私、泣いてしまったわ。
でもね、これはしょうがないと思うの。
悲しいからじゃない。嬉しいから泣いているのだわ、私。


「さいごに逢えて、よかった」


――いつかまた、出逢いましょうね、無惨様。








「……まて、……起きてくれ、もう一度、目を、目を開けて…………」



「嘘だ」



「頼む、起きてくれ」




「――――……」





「ぁ」



「あ、ああああ、ぁ」







「あぁ゛っ、ああああ゛ああぁあああ゛あぁぁあああ!!!!!」





それは遠い遠い昔の話。
はるか幾夜の前の話。
とある鬼の始祖が鬼となる前の話。

孤独だった男に愛を与えた女の話。

藤のような女に恋焦がれた男の話。


これは、すでに誰人も憶えていない話。


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