気まぐれ部屋 | ナノ




(やべえ、シクった)

咄嗟にそう考えてしまえる程度に、まだまだ自分はこの時代に染まりきってはいないらしかった。獲物に狙いを定めて鏃を放った瞬間、どこからどうみてもケンタウロス族の仔がコース上に飛び込んできたので怪我をさせてしまった。

「無事か」
「そう、見えますか……ならば、あなたの目は、相当な節穴だ」

二本目の矢は間違いなく当たり仕留めた獲物を引きずりながら声をかける。睨みつけられ、丁寧口調の罵詈雑言で返されたが。ケンタウロスと言えばもっと粗暴な性格だと思っていたがこの仔馬は中々に理性的で、謝ったらあっさり許してくれた。

「これでは暫くの間、狩りは出来ませんね」

仔馬にはどうやら医療の知識があるようで、一緒に手当てを施した。手伝ってくれる第三者がいると治療がし易い。医療専門ではない俺でも完全治癒には時間がかかるだろうなと思う重傷具合の為、日常生活にも支障が出るだろう。

「治るまで俺の所に住め」
「……え?」

目を丸々とさせる仔馬を尻目に木々を殴り倒して素材を調達、簡易的な木材台車を作り上げる。本来はもっと多くの獲物を狩るつもりで、獲物の山を効率よく家に持って帰る為に用意した車輪擬きを怪我人運びに使うことになるとは思わなかった。

「お前、名は?」
「ケイローンといいます」
「俺はアデルだ。そろそろ振動が激しくなる道に入るが怪我に障りがあるようなら言え」
「今も問題はありませんので大丈夫でしょう」

何処かで聞いたような名前の仔馬を振り返って確認してみると、興味深そうに車輪擬きを覗きこんで観察している。

「この部品があるだけで随分と滑らかに進むのですね。これはあなたが発明したのですか?」
「アイデアは俺じゃないが、作ったのは俺だな」
「共同制作ということでしょうか。その方の名を教えてもらっても」
「いいや、そうじゃない。これはだな……うむ」

どう説明したら良いか迷い、言い淀む。本当の事を言っても仕方がないだろうし、此処はこの時代に合わせた方法にするのが利口か。

「人が歩んで行く先を見た。今よりずっと技術が発展し人類が賑わっている時代の物なんだ。俺が再現しただけあって本物よりも拙いが……」

予言とやらが信じられているこの時代ならこっちの方が良いだろう。俺には眉唾ものにしか感じられないが、どうやら本物のようだし。

「アデルは現在だけでなく、未来すら見通せる千里眼の持ち主だったのですね」

いや、そんなに感心しないでほしい。ただの言い訳だからな、これ。確かにこっちに来てから視力も体力も筋力もだいぶ良くなったどころの話じゃないが、過去未来どころか千里先も見通せないぞ俺。


神の癇癪にやられて死ぬという神話あるあるのテンプレを食らい英霊の座に入った"俺"が、ケイローンによる誇張されまくった強くて頼りになる最高の先生語りという二次創作を後年の人々によって盛りに盛られる三次創作の嵐を食らい、とんでも性能にパワーアップした上に本物の千里眼を手に入れることになるとは夢にも思わなんだ。


prev / next

[ back to top ]



×