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5時間目の授業内容は興味がわかないものだったから、屋上に来てみたのが運の尽き。
まっさか、一応は真面目な性格の○○ちゃんがおサボりしてるなんて俺も分からなかったよ。
人間でもないのに俺の意表を突く行動をしないでくれるかなぁ?
「……」
○○ちゃんは背後に近寄る俺に気付かず、ただぼんやりとフェイス越しに池袋の街並みを眺めている。
何を見ているんだと○○ちゃん越しに街を見ても、街は普段と何も変わらない。人で溢れ、人が作ったものが溢れ、人が進化した際に出来た副産物がそこら中に転がり汚染が進んでいる。普段と何も変わりはしない。
ふと、何で俺は○○ちゃんなんかの考えていることを推し量ろうとしているのだろうと我に返った。……なんかムカつく。
「○○ちゃん」
「……」
「ちょっと、スルー?確かに俺は○○ちゃんにちょこーっとだけお茶目な悪戯をしてるけど、無視する事はないんじゃない?ああ、なに、それとも力だけ発達しちゃったせいで聴力が退化しちゃった?そりゃあご愁傷様」
「……」
「大体化け物みたいな力をもってる、いや違うか、化け物同然……これも違う、ああそうだ、君は化け物だ。化け物の君には俺の言葉は理解できないということだ。○○ちゃん、化け物が街を見たって何の意味もないんだよ。というかさぁ――」
そこで俺の言葉は止まった。
俺が言葉に詰まった訳じゃなく、口の中にゴミが入って急に喋れなくなった訳じゃなく、○○ちゃんが急にフェイスを登り始めたから。
「ちょっと、何してるの?」
まさか自殺?
いや、ありえない。化け物の○○ちゃんは化け物みたいに人間のような感性は持ち合わせちゃいないけど、理由もなく自殺なんて、
頭の中でグルグルと考えている内に○○ちゃんはあっと言う間にフェイスの裏側に辿り着く。俺が急に大声を出したらビックリして、慌てて足を踏み外して校庭に真っ逆さま――ジ・エンド、なんて可能性も充分あり得る。
……はは、何考えてんだよ俺。
○○ちゃんが死ぬ?4階建ての屋上から落ちた程度で?最近じゃスタンガンも効かないのに?選りすぐりの不良50人抜きを達成した○○ちゃんが、死ぬ?
――ふざけんなよ
「おい」
「……」
「○○ちゃん」
「……」
「聞けよ」
「……」
「○○ちゃん。……平和島馨」
化け物の名前を呼ぶと、化け物はやっと振り返って俺の顔を見た。
「何スルーしてんの?何回も呼んでんだけど」
「……ごめん」
「謝らないでくれる?“謝る”って行為はね、人間特有の行動な訳。化け物がしていい事じゃないの」
「……そう」
ぼんやりとした表情と本当に俺を見ているのかどうか不安になる瞳を見つめていると、だんだん苛々が募ってくる。
「さっさとこっちに来いよ」
「……なんで?」
「来い」
「……こっちに、くれば」
「は?」
『こっちにくれば』?
……此奴、もしかして自分がこっちに来るんじゃなくて俺がそっちに行けばいいじゃないか、とか思っちゃってる?ハハッ、ウケる。
ホンットに……ウケるよ。
「あー、もういいや」
「……?」
「わざわざ化け物の相手する時間なんて俺には無いの。じゃーね○○ちゃん、もう二度と学校に来ないでね。ここは人間が学びにくる素敵な場所なんだから」
背中越しに手を振って屋上から去る。
――ガンッ!
「本当、もうさぁ、あいつ何なの。ありえないね」
コンクリートの壁に力一杯ぶつけた右手からジンジンと痛みが生じる。
痛い。痛いさ。
この痛み以上の痛みを彼奴に与えてる筈なのに、彼奴は全く音を上げない。彼奴は人間じゃない。俺が愛す人間じゃない。彼奴は化け物だ。化け物みたいな力、化け物みたいな感性、化け物みたいな――
「本当に、うざったい」
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