気まぐれ部屋 | ナノ



12

「『時間がかかって悪かった!お喋り好きな上に仕事の速度が遅い最悪コンボ技を持つ敵が現れてな』」
「『全くだ』」

行き成り現れた謎の男こと俺の父さんにレシートをべしっとぶつける。

「『おっと、愛の鞭が痛い……ところでこの子は誰かな?友達?』」
「『迷子』」
「『誘拐?』」
「『第三者から見たらそう捉えられても仕方がないレベル』」
「『あっちにある水族館に家族で遊びに来ていたんだが、人混みで逸れて外に出てしまったんだ』」

簡潔に説明できる坊やは将来有望だな。

「『成程ね!じゃあ保護をしたわけだ。犯罪じゃない、合法という奴だな!僕も一安心できたところで、良ければ水族館の中まで連れて行ってあげようか?』」
「『いや、そこまでしてもらわ』」
「『よし話は決まったそれじゃあ出発だ!しまった、代金を払わねば。アデル、この子と一緒に向かってくれ』」
「『え?ちょっと待』」

とんとん拍子で話が進んでいく様を見届けてから帽子を被った。

「『了解』」

ズゴゴゴとストローで珈琲を飲みながら唖然としている坊やの空いた手を引っ張り店の外に出る。水族館はあっちだったな。

「『……なんだ、あの男は』」

流されるままだった坊やが店の方を振り返りながら呟く。あの人はああいう性格なんだよな……マイペースというか、自由人というか。まあ、悪い人ではないんだけど。

「『家族と合流させてくれるってんだから、好意に甘えちゃいな。お前の悪いようにはならないだろうし』」
「『しかし』」
「『うっ』」

よろめいた振りをすれば良い子な坊やはあっさり引っかかる。

「『大丈夫か?』」
「『早く水族館に行って日陰で涼まなきゃ無理そー』」
「『……分かった。じゃあ、早く行こう』」
「『ありがとね』」

おやまあ、想像よりちょろい。こんな性格じゃ誘拐し放題なんじゃないだろうか。
入場券を購入し、中に入る。よろめいたのは嘘だが体調が悪いのは本当だ、外より気温が低く過ごしやすくて助かる。

「『お、アデルじゃん。また来たの?飽きねえなぁ!』」
「『今日は皆を見に来たんじゃなくて迷子の宅配便が目的でーす』」
「『でも見るんだろ?』」
「『中に入ったんだから見るさ』」

訪れすぎて顔馴染みと化したスタッフのおっさんと軽く話しながら擦れ違う。
坊やはそれを黙って見ていたが、おっさんの姿が見えなくなってから話しかけてきた。

「『イルカが好きなのか』」
「『いいや?』」
「『じゃあペンギンか』」
「『違う違う。俺は動物全般が大好きなんだ』」
「『全部?』」
「『全部』」

勝手知ったる我が家さながら、水族館の内部地図を頭に浮かべ得て迷子センターを目指す。

「『あのさ、あんまりほいほい他人を信頼しちゃ駄目だぞ』」
「『?分かってる』」
「『俺と関わってんのにそれは信用できねーわ』」
「『理解できてる』」
「『じゃなんで俺達が言うまま動いてんの?』」

俺もあの人もお前と初対面だろう、と見つめると坊やは足を止めた。俺も歩くのを止めて坊やの反応を待つ。

「『お前に話しかけたのはお前が鳥と喋る変な奴だったからだし、店に入ったのはお前の具合が悪そうだったから付き添いだ。一緒にいたのは注文が来るまでの間だった。直ぐに彼奴が来たから出る暇が無かっただけだ』」

十数秒後に返ってきた言葉に傾げる。

「『で、どういうこと?言われるまま動く訳を聞いてるんだけど』」
「『誘拐をしようとしても問題ないだけだ、俺は強いからな』」
「『おやまあ。好意なら有り難く受け取っておいて、もし悪人の甘言だったら退治するからどっちでも良かったってこと?』」

頷く子供に半笑い。親御さん、もうちょっと言い聞かせておいた方が良いんじゃないでしょうか?悠々と構えるにはまだ若すぎると思うんだが。ほいほい信じる砂糖頭じゃないだけいいんだけどね。

「『ほら、着いたぞ』」
「『迷子センターに向かってたのか』」
「『迷子は迷子センターに。常識だろ?』」

坊やの背中を押しながら受付まで行き、職員に事情を説明する。

「『分かった、30分くらい前に逸れたのね。この子のお名前は?』」
「『あー、っとそういえば坊やの名前はなんていうんだ』」

「『今応対してる子、ちょっと前に来た子連れの美人が言ってた迷子と特徴似てないか』」

受付の奥の方から別の職員の声が聞こえ、坊やの方を見ると目があった。
子連れってあれか?坊やにも下の奴がいるし。

「『えっと、なんて言ってたかしらあの人』」
「『忘れるの早過ぎんだろ。目の下の隈と黒い髪、グリーンの目。日系で七つくらいの子供だって言ってたろうが』」

確かに坊やの容姿と一致するな。

「『今その人は何処に?』」
「『もう一回探してみるって言って出てってから戻ってきてないぞ、5分も経ってないが』」
「『じゃあ見つかった事をアナウンスしてください』」

俺の言葉に面倒だなと言いながらも職員は館内放送をかける。スピーカーから聞こえ始めた声に、坊やの頭を撫でながら笑う。

「『良かったな、お母さんもすぐ此処に来るだろ』」
「『何故撫でる』」
「『最初に撫でた時はなんも言わなかったじゃないか』」
「『あの時は直ぐ離しただろう』」
「『子供を撫でるのに理由は要らない。らしいぞ』」

まあ帽子越しで髪の感触が無いからあんま撫でてる気もしないけど。

「『俺はよく動物を撫でてるからそれなりに撫でるの上手いし、堪能しろよ』」
「『離せ』」
「『大人になったら撫でてくれる人いなくなんだから今の内だぜ?』」

ばしっと弾かれた。残念。
ぐるりと周囲を見渡すが、まだ坊やの母親らしき姿は見えない。だがアナウンスもした事だしもう大丈夫だろ。

「『じゃ、俺は行くわ。職員さん、この子お願いします』」
「『ええ。連れてきてくれてありがとね』」

父さんが言いださなかったら何もしなかったし、礼を言われるほどの事でもない。……って言葉こそ態々言うほどの事でもないな。

さっきは父さんに散々待たされたんだし今度は俺が待たせる番だ。今頃出入り口付近で待ちぼうけしてる父さんよ、きっちり報復させて貰うぞ。手軽に連絡し合える機械があればあんな事なかったっていうのにまったく。今度の誕生日に新発売したりしないかなぁ。無理か。てか14の学生がそんな便利な物持てるわけないよな。

何回来ても楽しい水族館、折角入ったんだから楽しまなきゃ損!待ってろよアロス、ピュレーネ、マチルダ!今日もその円らな瞳で俺を癒してくれ!

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