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『無惨様、おはようございます。本日はお日柄もよく……実は先程、叔父に頼んでいたものが届いたのです。無惨様のお気に召せばいいのですが』
『ああ……お前の目利きは確かだ、楽しみだな』
目の前にある陽だまりに手を伸ばし、不快な音によって目が覚めた。
私の手は宙に向かっていて、その先にはなにもない。ぐっと眉間に皺を寄せ、握りしめた指が空を切る。
こういった事は、初めてではない。年に一度、月に二度三度。酷い時は週に一度。
夢の中の彼女は私に話しかけてくれる。触れてくれる。
笑いかけてくれるのだ。
あの声と、温もりと、香りと、
私を見つめて目を細める紫色の瞳と、
その全てが、世界が最も輝いていたあの頃のままで。
――お慕いしております、無惨様。どうかお側に置いてくださいませ。
「……藤世」
おれのほうが、
そう口にした声は、とても頼りない音で囁かれた。
愛している。私の方がお前を愛している。
そんな甘やかな言葉も、相手が聞いていなければ意味がない。
鳴り続ける時計を握り潰して、目を閉じた。
彼女は未だ結晶体の中で眠り続けている。
自分一人で生きる現実の世界よりも、彼女と笑いあえる夢の世界の方が、ずっと私に優しかった。
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