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「先生!」
はて気のせいだろうか。仔供が見える。
「先生?」
より正確に言うならば、仔馬が見える。
「せーんせい!」
そういえば、と思い出す。このカルデアには本来ではあり得ぬ全盛期以外での身体及び精神構造を以て現界する場合があるいうことを。では、今見下ろす先にいる仔馬は正真正銘、本物なのだろう。
「ケイローンか」
名を呼べば、仔馬は輝かんばかりの笑みを浮かべる。ついさっきまでの今にも世界が滅びそうなほど絶望しきった顔からの華麗なる転身だった。
「その姿を再び眺める事になるとは思わなかったぞ」
「未だ熟す事を知らぬ身ですが、精一杯精進いたします!講習は何時行いますか!?」
「ケイローン、お前はカルデアの構造は教わっているか」
「いいえ!先生の御姿を発見しましたのでまだです!」
案内役を買って出たであろうアキレウスが少し離れた場所でやれやれしょうがないなといった風に肩を竦めている。
「講習はカルデアでの生活に慣れてからだ。良いな」
「……!!!」
ズガンとあからさまにショックを受け、ケイローンの背中に影が覆う。
「やらんと言ってるわけじゃないだろう。ほら、お前の未来の弟子が待ってるぞ」
「……はい」
不満がありありと伝わってくる。だがそれでも返事をし、アキレウスの元へ向かおうとする幼き頃のケイローンの姿を見て、少しばかり在りし日を懐かしく思った。一回、頭を撫でる。俊敏に振り返られ、その表情を見て思わず口角があがった。
「行ってらっしゃい」
思い出のアルバムが動いて喋っているかのようだ。このケイローンを見ていると自分まで若がった気分になってくる。とはいうものの、自分はサーヴァント特有の全盛期の身体で現界している為既に若々しいのだが。だが精神の方は晩年のものの為、精神的に若返った気分にはなっている。
「はいっ、行ってきます!」
弾んだ気持ちを隠そうともせず、喜色満面に手を振りながら去っていくケイローン。なんだかこちらまで嬉しくなってきた。子供の素直な反応は見ていて飽きない。
幼少の頃を切り取られて召喚されたケイローンがカルデアで暮らし始めて暫く。霊基再臨やスキルの育成もある程度済み、他のサーヴァントとも上手くやっているようであったので、ケイローンが望んでいた講習を行っても良いだろうと一室を借りた。のだが。
「さて、では講習を始める。だがその前にケイローン。そう、お前だ。大きい方の。何故平然と生徒側の席に座っているのか話を聞こうじゃないか」
「……だって……子供の私だけ、ずるいです」
親にとって、子が成人して幾ら年を重ねようが、子は子である。
きちんと面と向かって言ってくれれば良かったというのに。当日になって何も言わずに押しかけてきた成馬のケイローンが向けてくる怏々さを肌に受け、暖かい感情が込上げてくるのだった。
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