※デイサソ気味
「ピンポーン」
想像以上に大きい音量で流れた冷たい機械音によって、周りの空気が刺激されているのが分かった。
だから、慎重に押したのに。と、俺は心の中で舌打ちをする。
俺が苛ついている原因は、慎重に押したのにも関わらず、無機質な機械音を定められた音量でしか発することの出来ないこのインターフォンでも、あまりにも鈍感な空気が漂っているこのアパートでもない。
デイダラだ。デイダラが原因なのだ。
しばらく空気の動きが止まり、錆びた銅のような色をしたドアがガチャリ、と音を立てた。
「旦那ぁ…」
ドアの隙間から顔を半分だけ覗かせたデイダラは今にも泣き出しそうだった。
俺はそんな事は気に留めず、苛立ちを隠すまでもなくデイダラにぶつけた。
「今何時だと思ってんだ」
「課題の解けない問題多すぎて終わる気配がねぇ…うん…」
「お前がこっちに聞きに来るのが普通だろうが」
「行く時間が勿体なくてさ…ごめんよ」
深く溜息をつく。
「しかたねぇな」
こんな奴のためにのこのこ駆けつける俺も何やってんだか。
「さすが旦那!うん!」
デイダラはさっきまでの泣きそうな顔とは打って変わり、満面の笑みで俺を家へ招き入れた。
あー…、
畜生。
こいつのこの笑顔に弱いんだよな、俺は。
誘われるようにして入った小さな玄関にはデイダラの靴一足だけが忘れられたように置かれていた。
「おふくろさんは寝てんのか」
「しゅっちょー」
デイダラは、振り返らずにそう答えた。
親父さんは?
と、口にしかけた言葉は飲み込んだ。
「じゃあ、お前一人か」
「うん」
デイダラの部屋には、自己主張激しい小物や家具が所狭しと並んでいた。
その中で一番目を引いたものは、卓袱台の上に乱雑に積み上げられた真っ白なプリントの山だった。
季節外れの分厚いカーテンが扇風機の風でだるそうに揺れている。
「予想以上に終わってねぇんだな」
「だってさ…」
俺はさっきよりも深い溜息をつく。
「やれやれ」
しかし、その溜息に苛立ちといったような感情は、もう、含まれていない。