早朝、午前5時。みんなが起きてくるのは大体2時間後の7時くらい。窓から外を眺めても景色は昨晩と殆ど変わっていなくて、私は開きかけていたスケッチブックを閉じた。
 私の出身は美術部だ。
 イナズマジャパンのマネージャーに選ばれたときは、本当に驚いた。如何せん私はこれまでだって一度も運動部とか、そのマネージャーとか、それらのクラブに所属していたことがなかったからだ。
 先程閉じたスケッチブックの表紙をつうっと撫でれば、まだここに来る前のままのざらざらとした感触が指先から伝わってくる。宇宙に出るだなんて言われたときは地球にないものが沢山見れるかも、と喜んだけれど。窓をもう一度見やるも先程となんら変わった様子はなかった。

 どこか珍しいものがあればスケッチしたいと思って早起きしたのだけれど、代わり映えのない内外に少しがっかりした。外はずっと闇にちらばる星々の空間しか見えないし、昼間はみんなの賑やかな声と、日替わりで色々な話題が飛び交う車内だって、ただみんなが居なくなっただけの無機質な空間が広がるだけだ。それに、どっちももう何度か描いたことがあった。今日のように早起きして、朝なのに真っ暗な窓の向こうの景色や静まり返った廊下を初めて見たときは普段とのギャップに心踊ったのを覚えている。
 それでもなにか新しいことはないものかと私は部屋を抜けて、まだ寝静まった車内を歩き回った。男子の部屋も女子の部屋も前を通っただけで寝ていることが分かるくらい静かで、まるで誰もいない深夜の学校の長い廊下を一人で歩いているような錯覚さえした。
「あれ、電気がついてる…?」
温度調節機の切れた冷たい暗闇の先に、嘘のように明るい部屋があった。やっと闇に慣れてきた目がその灯りを余計にとらえてしまってちかちかする。
 誰かいるのかな。そんな当たり前のことを考えながら光の漏れる戸を開けた。ブラックルーム。チームのみんなが現実では考えられないようなトレーニングをするために、日夜悲鳴や気合いを入れているらしい叫び声なんかが聞こえてくるあのブラックルームだ。その真ん中で、ひとつの人影がゆらゆらと揺らめいていた。
 こちらの視線に気がついたのか、丁度トレーニングを終えたのか、ぱつんと機械の電源が落とされる音がした。向こうにいる彼がこちらに振り向き、近寄ってくる。毎日合わせる顔なのに、妙に身構えてしまう。
「…みょうじ?」
「あ、お、おはよう瞬木くん。早いんだね」
吃った。この間のサザナーラでの試合の時から、彼は本性を明かしたらしい。いつの間にかついていたメッシュがその証で、これまでの爽やかなイメージはびっくりするくらい綺麗に崩れ去っていたのだ。美術部ということもあり、元々人との会話に一々緊張してしまう私には珍しく話せる方の人だったのだけれど。
 私があまりにも露骨にビビってしまったものだから、勘の良い瞬木くんは察してしまったんだろう。少しだけ眉を潜めて「そっちもな」と返した。そこから始まったながーい沈黙は、私の罪悪感をむくむくと膨らませるには十分過ぎて。
「ごめんね」
ああ、ああ、こんな謝罪の言葉なんて意味がないことも、勘が良いから察してくれるなんて、そんなのただの甘えだってことも、わかっているのに。
「意味がないって分かってるなら、そんな意味のないことしなければいいのに」
私は一体彼に何を求めているんだろう。胸の前で痛いくらいぎゅうぎゅうに拳をつくると、その奥で水風船が弾けるような、小さな音が聞こえた気がした。

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