ゆっくり沈んだ
水の入った重いバケツを両手で持ちながら、フラフラと廊下を歩く。重い…腕がちぎれそう。私の担当は、個室の清掃。今回の壁外調査の女性は、私とレニさんという先輩だけ。
私はバケツをドカッ!と床に置き、雑巾(ぞうきん)を中に放り込んだ。そして雑巾をしぼり、床を拭く。床はほこりっぽく、拭いたところはピカピカと輝いていた。
すると、誰かが部屋に入ってきた。
「名前ちゃん、だっけ?」
「はい!…あ、レニさん、でしたよね?」
「そうよ。あなたのことはリヴァイ兵長からよく聞いているわ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
レニさんはバケツの中から雑巾を取りだし、それで壁を拭きはじめた。レニさんは大人っぽく、スラッとした体型で、長身。調査兵団の中でも実力はトップクラスらしい。こんな偉い人と一緒の部屋なんて…緊張する…。
「名前ちゃんは確か…今回が初任務よね?」
「はい、そうです」
「そっか…。リヴァイ兵長に随分と気に入られてるみたいね。兵長、いつでもあなたのことを喋っているわ」
「兵長が…ですか?」
「えぇ。…あら、意外?あの人、結構喋るのよ」
意外だ…。兵長ってもっとこう…なんていうか…クールで無口なイメージがあった。なんだ…私、兵長の補佐なのに、そんなことも知らないなんて…。最近、兵長を避けすぎたみたい。反省しないと。私は雑巾をしぼった。
「名前ちゃんはさ、好きな人っているの?」
レニさんの突然の質問に、私はビックリして、雑巾を落とした。雑巾がバケツの中にゆっくり沈んでいく。
「もしかして、驚かせちゃった?ごめんごめん!…名前ちゃんって可愛いから…彼氏でもいるのかなって」
「い、いないですよ!」
「じゃあどういう人が好み?兵長?団長?団長はないか!」
「えっと…確かに兵長はかっこいいと思いますが…でも…」
その時、あの夜のことがフラッシュバックした。すると、急に恥ずかしくなった。
「そんな…兵長を好きになるなんて………削がれます」
「削がれる?…プッ、アハハハ!名前ちゃんって面白いのね!」
「…す、すいません…。そういうの疎(うと)くて…」
「謝らないで!私が悪いんだから」
壁拭きをやめ、こちらに歩いてきたレニさんは、私の頭を撫でながら爆笑する。レニさんっていい人かもしれない。馴染みやすくて…。そう思った時、また一人、部屋に入ってきた。
「誰だ、こんな時にバカ笑いしているのは」
「リヴァイ兵長!名前との掃除、順調ですよ」
「そうか。ならば早急に終わらせろ」
部屋に入ってきたのは、リヴァイ兵長だった。