月誕





男がしゃがんでいた。彼は骨を積み上げている。
死に神と見紛うような風貌をした、不気味な男だったけれど、奇妙な愛嬌も持ち合わせていた。げっそりと痩せているようでいて、反面しっかりと筋肉のついた体つきをしていた。灰色の骨を、男は雑巾をつまむように持ち上げて重ね置く。
もう片方の手は口元に添えられていた。時折きしきしと爪を噛んでいる。癖なのだろう。
この男はいつからこうやっているのか。
気まぐれな観察者である死に神はとうにそんなことを忘れてしまっていた。というより彼は時間の概念そのものを忘れている。不死により貶られた生の意味がしずかに泣いて死んでいた。だれもその死を嘆くものはいない。死に神は泪を流さない。またここに生きたものはいなかった。死者のたましいと、人間の寿命をかすめる死に神だけがいる。生きた者がいないなら、生の価値がどうあろうとて泣く者などはいないだろう。
黙々と骨を積んでいた男が口を開く。
「死に神」
死に神は意外そうに眉を上げた。男の声を聞いたのは実に久しぶりであった。その月日を証明するように、男の声はひび割れていた。
「なんだ?」
「私の、計算では」
生きていた頃の饒舌さが嘘みたいに、男は―嘗てエルと呼ばれていた男は―ゆっくりと喋った。死に神は耳を傾ける。
「私がこうし始めてから、…六年と四ヶ月、…二十七日と、二十時間が過ぎました。そうですね?…」
目をぎょろつかせながら死に神は知らねえよ、と返した。耳ほどまで裂けた口を動かす。
「おまえが言うなら、そうなんじゃねえの」
――エルは緩慢に手を動かした。無表情のままに、握っていた骨を愛しげに撫でる。男の好む甘味も謎もここには無くて、そのために彼は、エルは張り合いがないのだった。
砂が、風に煽られて舞い上がる。
砂漠のただ中に死に神と男は座っていた。
ざざあっ――…沈黙を縁取るように砂は音を立てた。
「―珍しいですね。ここに風が…吹くなんて」
「んん?ああ、そうかもな」
死に神の応えは例により簡素なものだったが、男は、強張った頬を僅かに緩めた。ここは砂の海だ。
貴女も待っているんですか?――全くそれは感傷的な思考ではあった。けれども…軽い骨をエルは持つ。黒い髪の青年は飽いてはいた、けれども絶望はしていない。ただただ彼が生まれるのを男は待っていた。青年には勝算があった。
ゆっくりと、時が、巡る。
黒い髪に包まれた男の大脳の中で砂時計が音をたてて滑り落ちて行く。




果たして、彼は産まれた。

「―……りゅうざ、き…?…」
エルは愛しげに目を細める。紅茶の色のその眸に最初に自分の姿が映る。
赤いその唇が最初に自分の名を呼ぶ。
その幸福に胸が爆ぜて仕舞いそうだった。エルは彼に手を伸ばして、その頬に流れた涙を拭った。
はずかしがらなくて良いですよ。ひとは泣いて産まれるものなのですから、そううつくしい耳に囁いた。
「―…ゅうざき」
エルはゆるりと目を閉じて裸の青年を抱きしめる。あなたが愛おしい。総てが満ち、世界に足りないものなどなにもなかった。
大声で泣きじゃくる夜神の耳もとでエルは言う。
「待っていました…待っていました…ライトくん」
あなたが産まれてくるのをずっと。
月と呼ばれた青年は涙を流して、男の肩に腕を回して彼をかき抱く。夜から生まれた彼に光は眩しすぎた。全身がひどく痛かった。息をするように教えれていない肺が、ひとりでうつように伝えられていない心臓が、たつことを覚えていない足が。痛い。痛い。痛い、生まれ落ちたときに覚えるのがこんな激痛であるのなら、なぜ生まれなければならないのか。彼は初めてまみえた世界の残酷さに傷つき泣いた。泣いて泣いて泣いて、そうしてどれほど経ったのだろう。死に神は耳を聾するかと疑った。音のない世界で唯一聞こえるのが彼の声であること、それはエルには何よりもの喜びだったろうが、死に神はそんなことはなく、砂のあじのする林檎を食べながらただ辟易していた。エルは隈の濃い眸で月の顔を覗き込む。かつてのとおりの、彼が焦がれたままの、それは紛れも無い夜神月その人だった。エルは笑いながら囁く。
「生まれてきてくれてありがとうライトくん。あなたをずっと待っていました」
かくして夜に月がかかる。






夜神月おまえを愛している
誕生日おめでとう!

120221




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