メロ月





※パラレル


濡れた黄金が蜜をひき驟雨の中でてらてらと輝いていた。

*

早く結論を引き出そうとするのは彼らの悪いくせである。思うに彼らは判断することや補足することに慣れすぎていて、積極的に現実を加工しようとする。反射のレベルで染み付いているから正すことが出来ないのだろう。
メロはそう考えながら雨の降る街を歩いている。頭に血の上りやすい自分の性格はもう変えようがないので諦めている(kidのときには多少悩みもしたが。だがメロはもう結論を手に入れていた。素知らぬ顔で平然と生きるやつらたちはただ賢く見えるというだけのことなのであって(機械に似ているからだろう)、別にそこで純粋な思考活動の優劣が決定されるわけではない。これはメロが生まれもったメロという人間と不可分の個性であり、そしていまだ人の性格からその人間の優劣を算出するような横暴な方程式は確立されていないはずだ。つまりは、自分もう許しを得ているはずだとメロは思う。何から?思春期のあの焼け付くようなコンプレックスや自己嫌悪からだ。そんな青臭い悩みからは早く脱却するべきなのだ。なぜならニアは…)詭弁を転がしたとて状況は改善されるものではないとメロは思う。
足にひっかけてきた黒革のブーツのファスナーがまだあげきれておらずにパカンパカンと鬱陶しい。憎らしい雨に内側が濡れないように一刻も早くきちんと履き直した方がいい。これのためにどれだけバイトしたと思っているのか、傷んでしまったら元も子もないだろう。それなのに立ち止まりたくはなかった。
あんなやつからは一分一秒でも早く、遠ざかってしまいたい。ああ苛々する、苛々する、苛々する。伏せた視界には濡れたアスファルトが飛び込んでは流れていく。こんな早さで街を歩くなんていつぶりだろう。
視界の隅に風船売りの屋台が通る。メロと目が合った道化師は、慌てて視線を逸らしたようだった。

ライトのことは嫌いじゃあない。だってライトは優しいし、料理がうまいし、まじめだし、きれいな顔をしているし、何かついでがあればチョコレートも、コークも買い足しておいてくれる。たまに口うるさいと思うこともあるけど、マムみたいで素直に慕わしいとメロは思う。
結局行き着いたのはいつものようなチョコレートバアで、でも町外れの店を選んだのはメロなりの意地である。でかい胸の女が真夏みたいな服を着てメロの注文したホットチョコレートを持って来た。胸元の超開いたシャツにケツも半分見えるくらいのミニのショートパンツだ。女が置いていったスプーンを弄びメロは考える。ライトは好き、じゃあなんでオレは飛び出してなんか来たんだろ。帰るまでライトに会えないじゃないか。きれいな色をしたホットチョコレートの水面(みなも)をメロは見詰める。
ニアが悪い。若しくはエルだ。オレは悪くない。
無理にでもそう思うと、胸がすっと楽になる。カップを持ちホットチョコレートを飲む。舌に馴染んだ甘さがメロを迎える。だいじょうぶよメロ、そう誰かが囁いてくれるみたいだ。メロは小さい頃からよくチョコレートを食べていた。安かったから子供でも買えたし、食べていると元気が出たから。―「栄養が偏るだろう」なんて言ったのはライトが初めてだった。「好きなのはわかるけどそう四六時中チョコばかり食べるなよ」そんなことにまで気を回す人種というのがメロには想像がつかなかった。人と人の関係というのはその場凌ぎで、互いの利益の保証によって成り立つ…いわば、合目的なものだ。メロの人生はそういつも主張して、その法則をたえず念入りになぞってきたといっていい。目の前の人間が何を食おうと食わなかろうと何も困らないだろう。一緒に暮らしだしてからライトは色々なことを言うようになりその大半が、メロにとっては多かれ少なかれ新鮮なもので、でもやはり端的にいえば、疎ましかった。なのに何故かエルはあの爬虫類みたいな相好を崩して言うのだった。ライト君は愛情深いですね。愛情だって?安いホームドラマみたいな言葉を振りかざすのはやめてくれ。
メロはブーツに包まれた長い足で、チョコレートバアの床を蹴る。金髪に包まれた端正な顔は常は凛々しい印象を与えるが今はしかめられ見るかげもない。
今更どうしようというのだろう。あいつだっていっぱいいっぱい人を殺した。俺だってそうだ。エルだってニアだって、こうしてみるとあの家は殺人鬼集団の巣窟みたいなものだ。嘘ざむいホームドラマを演じる資格など誰ひとりとしてもたない。そんなようなことを言い捨てて彼は家を飛び出した。きっかけなんてバカみたいに些細なことだ。洗濯物がどうだとか掃除当番が何だとか、あまりにアホらしくて覚えていない。
エルは(メロが思うにあの男が一番家族などからは遠い場所にいる)いっしょに暮らしましょう、と言った。それはひどく唐突で、そして、他の人間の意志を無視したものだった。
メロはホットチョコレートを啜る。店の中には流行りのロックバンドの曲が流れて、多くもない客の話し声と混濁していた。あの男は、たとえば安い三文芝居のようなことを期待しているのだろうか。愛に涙を流すなんてこと。流石に世界の切り札がそこまで愚かしいと思いたくはない、それとも或いは恋というものはそこまで人を堕とすものなのだろうか。もうエルはLではないのか、であるならミハエルはもうメロでもない。
「ジャップ?」
「目も髪も茶色い」
「すてきな顔してる」
ふとその会話に目をあげた。
雨に降り込められて、チョコレートバアに入って来た、ほっそりとした体の男は紛れも無く夜神月であって、店内を見渡し目敏くメロを見つけると、躊躇いなく大股で近寄ってきた。
メロはライトを眺める。住みはじめた当初とは比べものにならないほどに表情を変えるようになったきれいな面を。均整のとれた体は随分日本人離れしていて、ビスクドールじみてもいた。
「メロ、捜した」
「なんでだよ」
「だっておまえ――!」そこで声を低めて、「あんなふうに出ていったら何日も帰って来ないじゃないか」
彼は当然のようにメロの向かいに腰掛ける。
「それでなんでおまえが困るんだよ」
青年は一度目を丸くした。
メロはその反応になんとなく居心地の悪さを覚える。やわらかな栗色の髪をした年上の青年は、メロのその問いをまるで初めて解く形式の数学の問題みたいに受け取ったらしかった。ひどく純粋で無防備な、或いは傷つきやすそうな、彼はそんな顔をした。そうしてそれは金糸の青年をわずかなりともたじろがせた。
ライトは明晰な思考回路で言うのだった、そうだな、だっておまえは他人だものな。はじめて気がついたことであるかのように。
メロはふと傷ついてしまう。他人なのか。俺達は?さっきまでそう思っていたのに、改めて言われると齟齬を覚えた。もしかしてこれは淋しさだろうか。
「でもおまえのぶんのメシつくっちゃった」
取り残された子供のようにライトが言った。俯いていた、そうすると前髪が目を覆い隠してしまう。
「それにおまえがいなきゃあ、だって今日の風呂掃除は、おまえだし」
メロはホットチョコレートを飲む。
「それに、だって…」うつくしいくちびるが戸惑うようにことばを探す。
おまえがいなきゃどうしていいのかわかんないよ。
男がはきだした言葉は次第とメロの頬を熱くさせていった。あまりにもそれは甘く響いて、メロすらもどうしていいのかわからなくさせる。おまえがいなきゃああの家でどうやっていけばいいんだよ。ライトは困りきったような顔でメロを見あげた。(上目遣いは反則だろう!)
あんたがキスしてくれたら帰る、なんて子供じみたことを言うと、ライトは一度頓狂な声をあげ、それから頬をゆっくりと緩めて、辺りを見回してからそうっとメロに顔を近づけた。伏せられた目の長い睫毛。
はじめての仲直りのキスはホットチョコレートの味がした。


*


濡れた黄金が蜜をひき驟雨の中でてらてらと輝いている。
道化師は目をすがめた。黄金とみまごうたそれは、質の良い革のコートを着た青年の髪の毛だった。隣にはこれもまたきれいな栗の髪をした華奢な男を従えている。先程は随分鬼気迫る顔をしていたが、仲直りできたのだろうか。金髪の青年は穏やかな顔をしている。そうしてみると意外と幼い顔立ちをしていた。
道化師は彼らの前に立つ。
仲直りのしるしにと笑い風船を差し出した。



120203


甘いな!
デスノはこんなふうな感じでパラレルやろっかなと思います




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