それでもなお人を愛す





命を賭けたころしあいとそのむこう。


啄んできた生命たちに謝ることも歎くことも悔いることもきっと僕はしないだろう。
何故って僕はどこまでも夜神月でありつづけるだろうから、殺人鬼を内包した、一つの存在であり続けるだろうからだ。
それが僕が―或いは神ではないことの証だろう。癒着し続けるということ。
この場所はどこまでも白かった。足元には小さな川が流れていた。色彩のない世界だった。
別にそれでよかったけれど。一冊の紙の束に妄執して生きた男が、白の世界に文句をつける権利をもつのだろうか。
辺りは静かだった。心臓の最後の音が今も耳をつく。どくん――それだけだ。そして夜神月は死んだ。殺人に憑かれた犯罪者としての一生の幕を閉じたのだ。不思議と記憶は鮮明である。身体感覚も何ら変わりはないように思えた。
――さよならだ、らいと。
あの死神は。
月は川べりに座り込んでぼんやりと思う。(ちょろちょろと至極瑣末な水の音が耳をくすぐる。この世界にも音はあるらしかった。)
僕をどう思ったのだろう。
ふと体を見下ろした。身につけていたのは死の時の血まみれのスーツでも、あるいは白装束でもなく、例えば――「彼」と捜査をしていたときのような普段着だった。縞のシャツにジャケットにロングパンツ。ふうん。僕は思う。ふうん。
詰まらなく思えて川に指を突っ込んだ。水は冷たい。形の良い自分の指は好きだったから、変わらず自分の一部であることが何となく嬉しかった。
悔いも歎きも、懺悔も、悔恨も。僕には出来なかった。極刑を受けここにきた、人間であればいつかは受けるだろう極刑に。色彩のない世界。
孤独だ。
ふとそう、月は思う。
そう思ったのはいつぶりだっただろう。物心ついたときから自分は孤独だったから。改めて思うこともなくなっていた。
神は確かに孤独だったなあと月は他人事のように思う。刃向かう者を皆殺しにしていったのなら当然だろう。自分が神になろうと思ったのは特別ゆえの孤独に慣れすぎていたせいもあったのだろう。
水面(みなも)に向かって月は溜息をついた。キラも、本来の月も、今はふわりと執着をなくして月からすり落ち、彼の回りをそろそろと浮いているようだった。月は膝を抱えたまま耳を澄ませた。川の流れる音がする。ちょろちょろ、ぴちゃん、ちょろちょろ…ぴちゃん、――シュリ、ちょろちょろ、サリ…紛れて何かの金属音が聞こえてきた。
これは。目をつむって耳を澄ませながら月は思う―――手錠の鎖がすれる音。
『或いは彼らが幽霊なのかもしれませんね。』
久しぶりに聞いた彼の声は低く、落ち着きを孕んでいた。月は目をつむったままでいる。ぴちゃん、ぴちゃん、…彼が言う。
『文明は川から始まったことをあなたなら知っているでしょうね。』
月は思い浮かべる。隈のはりついた穴のような目。痩せた体。青白い顔。動物じみた姿勢。ありありと思い浮かべられることに青年は驚愕する。名探偵は一葉の写真たりとも自らが生きた形跡を遺さず逝った。彼が姿を留めたのは月の記憶のなかだけだった。
――左手首に重みを感じる。懐かしい感触だった。
ちりり、と。焦げ付く様な彼の強い視線を感じる。真実をどこまでも求めてやまぬ者の目だ。
「もしかしたらずっと僕は、」
気配を体が感じ取る。観察者の気配だ。考察者の気配だ。(人は他者の存在により初めて自我を認識するそうだ。)
僕は手を伸ばす。触れる。手錠がたるみ、僅かな重みがまとわりつく。
「おまえを求めていたんだな」
『ええ』
目を開いた。はたして彼はそこにいた。
『あなたはここにいますよ、月くん』
竜崎は微笑みながら頷いた。隈のはりついた穴のような目。痩せた体。青白い顔。動物じみた姿勢。
僕はこの感情の名を知らない。
「笑えよ」
『え?』
彼は首を傾げた。お馴染みの格好だった。白いシャツと、インディゴブルーのジーパン。それで、裸足だ。
「いっぱい人を殺したくせに、死んだくせに、僕は、まだ」
泪が僕の頬を伝う。行き場を失い潰えた筈の感情たちが体の中から溢れこぼれていく。熱い。目頭が、鼻が、心臓が。竜崎の手が頬に触れた。人の纏う存在の密度を月は知る。目を見開いて月は竜崎を見た。彼は困ったように微笑していた。
『あなたの泣き顔を初めて見ましたよ』
「…僕だっておまえの笑った顔を初めて見たよ」
『おやそうでしたか』
「そうだよ。おまえはいつもドラキュラみたいだった」
『…そうですか』
「嘘だよ」
『別にフォローしてくださらなくても結構です』
言い合いながらも竜崎は月の泪を拭いた。じゃらじゃらと手錠が音を立てる。
「…知っているよ」
『え?』
「エジプトはナイルの賜物、だろう」
ああ、そうですね。言って竜崎は、裸足の足をぴちゃりとその川につけた。瞬きしない目を月と合わせて気のない口調で言った。
『いっしょにいませんか』
竜崎は言う。月が、え?と聞き返す。白い世界の中に彼だけが色を纏い月に語りかけてくる。
『ここを始点にしましょう』
ぴちゃり。無表情のまま竜崎が水を蹴散らす。
『きっと退屈しませんよ』
僕もおまえといるのは楽しかったな。それはキラの台詞か月の台詞か。それはただ自然に、青年の中に湧き出た言葉だった。月は頷いた。

120130_脱稿
120418_アップ


忘れたころに読むと結構いいじゃんと思うなあ
タイトルは青さまより拝借しまひた


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