BLUEBOOKMARK1





※めんま生きてます
18の夏












晴れ渡ったそらから燦々と降り注ぐ陽の光が、彼女のほそい肩に複雑な木や雲の影を落としてはあっという間に流されていく。

恐いくらいに青い空と、自転車に揺られながら幸せそうに笑う君と。
みとれてしまう。なんてきれいになったんだろう、十八になってから仁太は、彼女を見る度にそう思うのだ。しなやかに伸びた白い手足に華奢な肢体、大きな碧い瞳に無邪気な笑顔。
仁太の足がペダルを踏む毎(ごと)、古い自転車はカタカタと軋む。リズミカルに鳴るそれが、何かの曲のようだとめんまは笑った。
「晴れてよかったね、じんたん」
「そうだなー」
海を見渡す坂を駆け登って、壊れかけの想い出たちを積み上げた場所へと。
自転車は軋みながらタイヤを巡らして二人をどこかへ連れてゆく。暑い暑い夏の日だった。むせ返りそうなほどに近くにきみがいて華奢な腕を仁太の腹の辺りに廻して甘い吐息を仁太の首の後ろの辺りでついている。銀の長い髪が、青々とした空のなかになびいていく。幸福だとなぜだかそんなことをぼんやりと思う。
(別にいつものことなのに)
「じんたんレッツ、レッツラゴー!」
弾けるように彼女が笑う。ふるっ、と呆れながら、でもそれをてらいなく口に出す彼女が愛しくて、大好きで、こころから湧くそれに限りがない。

(なんでこんなに、好きなんだろう、いつからこんなに好きになってしまったんだろう)

万緑の艶やかに咲き誇る。目の潰れそうなほどに鮮やかに、むせ返るような草いきれ。白い白いワンピースをまとって、森の細い小径を歩くいてゆく少女。
そのちいさな手を仁太はとった。めんまは彼を驚いたように見上げる。
「転ぶなよ」
「平気だよ、もう」
笑う。笑い合う。ふふ、とめんまは言って僅かに仁太の肩に頭を預けた。
「ヘンゼルとグレーテルみたいだねえじんたん」
めんまが言う。
秘密基地はすぐそこで、甘い甘いお菓子たちが眠るのだろう。ずっとずっと前の、思い出たち。ふるく色褪せたポートレイト。視界の奥で弾けるように、今よりももっとあどけない顔をした少女がそれでも同じように笑っていた。
「ほんと、変わんねえなあおまえ」
「―えーっ?なんのこと!?めんま変わったよお。背だって伸びたし、ほら、あのときよりは全然、ねーっ聞いてる?」
だけど根っこは変わんないんだ。ずっと無邪気で素で、ただそのままの君で居る。仁太はめんまから視線をそらした。
好きが溢れ出そうで、見続けることがつらかった。
「変わんねえよ、全然」
「ひどーいっ!」
そう喚きながら芽衣子は体をぶつけてきて、仁太は二三歩たたらを踏む。
「おまっ」
「―あーーっあった!あった、あった、あったよじんたん、あった!」

話を聞いていないのは一体どちらなのだろう。
芽衣子は、するりと仁太の脇から抜け出して走り出す。ひらり、銀の髪と白いワンピースが揺れる。
甘い甘いお菓子の家がそこにはあった。かつての僕らの、秘密基地。美しい緑に閉ざされて眠っている。
「じんたん静かにね、しーっ!」
「騒いだのおまえだろ…」
「もう!せーしゅくに!お喋りしないっ」
静かな雰囲気を感じ取ったのか、少女はそんなことを言いながら、その小屋に近づいていった。
まだ取り壊されてなかったのか。仁太はぼんやりと思う。ちゃんと残っていたんだなあと変に感動しながら、記憶よりもだいぶ小さなそれを眺めた。俺らの秘密基地。超平和バスターズの…本拠地(アジト)。
芽衣子は幾分その扉を開けることを躊躇っているようだった。
仁太は彼女のすぐそばまで歩み寄る。どうした?と目顔で聞く。すると芽衣子は、真剣な顔をして、何も言わずに唇に人差し指をおし当てた。
「…?」
何なのだろう。仁太は耳を澄ませた。
――ダンダン。ゴソゴソ。ぼそ、ぼそ…
歩き回るような音、漁るような音、そして話し声のような、もやもやとした音。扉を通して聞こえてきた、明らかに人の存在を告げる音に、仁太も固まった。
(え、これ、ホームレス、とか…か?)
眉を潜めて仁太は芽衣子と視線を再び交錯させた。心臓が早鐘を打ちはじめる。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。もし――もし乱闘にでもなったら。自慢ではないが仁太は喧嘩に弱いし、芽衣子を守りきれるかどうかの自信はなかった。
(で…も)
ここで帰るわけにもまた、いかなかった。ここはだって俺らのひみつきち、で。敵の侵入はリーダーとして、見過ごすわけにも、いかない、のだ。なにそのDQN的思考―ひややかに笑う脳内の自分を無視する。無視、して、けれど仁太はやはり、戸を開けるその決心をつけることが出来ない。
そんな仁太に焦れたのだろう。
細い白い指が扉をひいた。
(っ!)
甘いあまいミルクティーの匂いに脳が痺れる。彼女の長い髪が思い切り顔にあたったからだ。「っ…おい!」「こらーっ!」止まらない。芽衣子は威勢の良い声を張り上げて、ずんずんと秘密基地の中に入って行った。仁太はその腕を掴む。「お…おい!もし、ヤク中とか、ヤーさんだとか…」
人殺しだとか。
指名手配犯、だとか。
…ラブホ代わりにここを使う、バカなカップルだとかだったりとか。
もしくは、幽霊だったりとかしたら。
「静かにしろっ」
脳内を駆け巡る嫌な想像に怯み、仁太は芽衣子の口を塞いだ。ほそい体は抵抗するが、それでも抱きすくめるように抑えれば、動けなくすることはできた。怨みがましげな目で見上げてくる彼女はとりあえず無視して、仁太は聞こえてくる物音に耳をそばだてた。


――みんな、明日もまた見てくれるかなー?

「いいともーーっ!!!」

「ぽっぽーーおおっ!!」
思わず思い切り脱力して、その間に歓声を上げた芽衣子は呆気なく仁太の腕をすり抜けて奥の部屋に走る。
「うおおお、めんまああっ!?」
「ぽっぽお?ぽっぽ、ぽっぽだあ! わあああ久しぶりい!いつ帰ってきたのお?」
「二、三日前だよ、うわあ半年ぶりか!?」

――久川鉄道。
かつて超平和バスターズ一のみそっかすだった少年はいまや、縦も横も誰よりも大きく成長して、高校に行かず世界中を飛び回っている。たまに秩父(こっち)に帰ってきて、ふらっと家に遊びに来ることもあった。
「なんでなんで、何でここにいるの?」
興奮しきった芽衣子の声はいつもよりも高い。よく耳に届く。
「いやあ家追い出されちゃってよう。ホテル泊まる金もねえし、じゃあバイトで貯めるまでここに住むかあって」
「えーぽっぽお金無いの!?大丈夫?」
「へーきへいき、俺現場仕事得意だからさー…おっ、じんたん!」
「……久しぶり」
「えーテンション低いじゃん大丈夫かよーどうしたんだよお?」
「あ、いや、ちょっと…自分のへたれぶりが、情けなくて」
「はああ?」
「そうだよぽっぽお!じんたんったらねえひどいんだよ、めんまのことこう…こう、ぎゅってして!」
痛かったあ、と不満を訴えながら、久川が持ち込んだらしいミニ冷蔵庫に目を輝かせて、戸を開いて中を覗き込む。
「ガリガリ君だー!」
「おうっ。食べていいぞお、めんまっ」
笑いながら気の好い男はそう返すと、にやにや笑いを浮かべて仁太の傍に近寄った。
「…んだよ」
「いやあ、まあ、あついねえっ!相変わらず」
「うっせえっ」
肩を抱かれ、その厚い体に抱き込まれるとひどく暑苦しく、仁太は久川の肩を叩いてそこから逃れた。
「いやあでもいいことだ。愛は地球を救う!」
何年前の流行語なんだか。にこにこ笑って久川は、青い長方形のアイスを口にする芽衣子を眺める。
「それにしてもやっぱ、かわいくなったな、めんま」
「…そういう目で見るな、ばか」
「あ、やきもちですか?リーダーっ」
「ほんとうるさい、うるさい」
ボソボソと喋る男二人を、華奢な少女は不思議そうな目で眺めている。
仁太は辺りを見回す。携帯テレビ、洗濯物(柄パンだのアロハシャツだの)、壁に貼られた世界地図、ばらまかれた写真、携帯ラジオ、コミック漫画が数冊。寝袋。
「ほんとここに住んでるんだなおまえ…」
思わず呆れてそう呟けば久川は、だってここ落ち着くんだもん、と言って顔中を嬉しそうにほころばせる。
「おまえらにも会えたしさあ」
「いや、それは偶然だろ」
何言ってんだ、と久川は小さい目を丸く見開いて言う。
「運命だよ運命え!アカシックレコードって知ってる?じんたん、みんな、みんな、起こることって決められてるんだよ。どんな些細なこともみんな、みんな運命なんだよ」
相変わらず寒いこと言う。真剣なその表情を笑い飛ばすこともできなくて、仁太は結局曖昧に視線を反らした。
「…じんたん言うな」
「何言ってんだよお、じんたんはずっとじんたんだろ!?変わんないだろ!」
唾をとばして力説する久川は放っておく。本当こいつも変わらない。
―――ああだけれどそんなことが嬉しい、だなんて。
仁太は思わず緩みそうになる唇を噛み締める。
こんなのいつもと変わらぬ今日なのに。めんまが笑う。久川が大まじめに恥ずかしいことを言う。こんなのいつもと全然変わらない、今日なのに。
顔を背けたままの仁太を不思議に思ったのだろう。久川が尋ねる。
「おい、じんたん?」
「うるさい」
「あーっじんたんっ、ほら嵐出てるっ!オードリーもいるよおっ」
「…うるさい…」
「あーっひどおい!」
ああもう。
本当どうか、どうか…してるみたい。




to-be-continued


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とりあえずぽっぽとめんまがすごくすきです


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