ダフネよ、汝が薔薇色の頬に





なつの空の光りは乱反射しては、その強さにひとびとの目を細めさせて、図書室は何だか迚も安らいでいた。
識らないふゆがくるのだと思えば、この温かさは掛け替えの無いもののようにも思う。
愛だとか知らないけれども、千利子は想えば胸があたたかくなるようなひとがいる。彼とはずっといっしょだった。初めは無自覚に、そしていまは意識的に。
彼を失いたくない離したくないとねがい始めたのはいつからなのだろう。千利子はよく、生について考える。そして死について、も。
兄はわらう、ああおまえは若いのだね、と。
たとえば生きることに馴れきって、存在することに依存しきったのが大人なのだとするなら。
だがけれど…人は死ぬではないか?そのことを千利子は知っている。呆気なく人は死ぬのだ。いなくなってしまうのだ。ついさっきまでそこで笑ったり泣いたりしていた子が、もう冷たくなって動かなくなる。
それを怖れるのは必然のことだと思う。
死を笑い飛ばせる人間などいるものか。自分の死ならまだしも、友人や恋人の死を。だって千利子は生きるということが何なのかもわからない。存在の根幹には何もなくて、むりやりそこに、勉強だの恋愛だの趣味だのを当て嵌めて、人は生きていっているような気がする。
生存の揺らぎをいちばん始めに知ってしまった。

「またなに考えてるんだよ」
千利子の思考を遮ったのはそんな言葉だった。やさしいイエロウを見つめてしまった。いやみなぐらい整った顔がそこにはあって、千利子の顔を覗きこんでいた。
「私と話していいの? また親衛隊の子たちに言われるわよ、"あんながり勉女のどこがいいの"、って」
かわいくない言葉が出てしまうのは仕様だった。
「自分で言うなよ、」
そう言ってゆきあつが笑う。心臓が溶けるかと、おもった。書架はどこまでも続いているように見えて、夏は贅沢に光と熱を放ち続けていた。
「今日、付き合ってくれるか?」
「また女装グッズでも買う気なの?」
合わせた目線の高さにふと驚く。彼はいつの間に、こんなに背が伸びたのだろう。白いシャツが眩しかった。
ゆきあつは微かに顔をしかめて言った。
「だから、学校でそれ言うなよ。違うし。放課後さ、喫茶店にでも寄らないか?」
「…いいわよ。暇だし」
無表情で頷いてしまう。
ゆきあつはじゃあ決まりな、と言って笑った。
思いついたようにポケットに手を突っ込んで、その動きを見ているとそこからするり、と飴が出て来た。
「やるよ」
「…」
溶けてるんじゃないの、さすがにそう口には出さなかったけれど、躊躇ってしまった。一も二もなくありがとう、と言って受け取れば、ああきっとかわいいのに。
「ミルキー。嫌いか?」
不思議そうにゆきあつが見てくる。受け取った。指先が掠めるように触れる。そんなことを意識してしまう。
「…ありがと」
そう一言呟くのが精一杯で、赤らんだ頬を隠すのに千利子は俯く。聡いくせに鈍い彼氏はそんなことには気がつかないでじゃあまた、と手を振って去って行くのだ。
(いかないで)
もっとずっと貴方を見ていたいのだ。口が裂けても言えねども。貴方の瞳に見詰められたい。貴方の唇がわたしのために紡ぐ音を聞いていたい、わたしはあなたが好きなのだ、何にも変えれないほどに、何とも変え難いほどに。
ただ立ちすくみ、遠ざかって行く背中を見つめてしまう。嗚呼何て――
頬に手を当てた。熱かった。ついで左胸に、そこはどくどくと鼓動していた。
あのひとがずっと乞うている子が持ち得ぬ熱。それなのにわたしはこんなにも熱い。こんなにも揺るぎ無く生きている。好きになってはくれないひとに想いを寄せて、こんなにも強く息づいているのだ。
「くるしい、わ」
窓の方に目をやった。
本たちが整然と居並ぶ棚を舐める光が寸分変わらずにただ美しく映えていた、何だか酷く目ににじむ、千利子はその美しさが妙に際立っていていると感じた。
おまえも痛みを孕むのだろう、か?
「―くるしい、わ」

生きるとはなんて苦しくて美しいものなんだろう?
なぜ人は恋などするんだろう?
死んだら何もできぬのに。


ぐずぐずと手の中で溶けだすミルキイが、甘い匂いを撒き散らしては千利子の鼻腔を染めていく。
お前はまだ若いのだねとその甘い香は囁いていた。




111011

ゆきつるには図書室が似合う
お兄さん捏造すみません


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