つることゆきあつ





芽衣子ちゃんは天国に行ったのだよと。あの日そう教えてくれたのは誰だったのだろう。てんごく。あおのめがうつくしく見開かれていて、いつものとおりに銀の髪がさらさらと風に吹かれてなびいていた。しろいワンピースは河の水に濡れていて、間違って足を滑らせたのだろうと大人の人達は言った。

あのときから何百年も経った気のするのにいまだわたしは社会的には大人とならず、高校生として居る。
生きるということはどこかで薄氷の上に立っていることだとわたしはあの時に知った。世界は飽くまでもうつくしく満ちていた、ちょうど彼女が死んだ日にそうであったように。神様とは残酷なものだ。そして理不尽なものだ。
もし居るとするのなら。その人はきっとゆきあつを、愛していぬのにちがいない。
あの子は死ぬべき子ではない。あんなに無邪気で皆から好かれていた子がどうして死ぬ。わたしのほうがいなくなるには相応しい。ゆきあつは哀しんでくれるだろうか。わたしをそして悼むだろうか。
(―くだらない)
千利子は本から顔をあげた。向かいでゆきあつが勉強している。相変わらず呆れるほど整った顔だ。
千利子は松雪集の顔も頭も性格も皆好きだった。好きで好きで溜まらないから、何を言われようと彼の側にいた。周りにいるばか女と同じように思われたくはなくて、だから千利子は彼に対して女としての何もしない。媚びも阿りも。対等でありたかったから成績も伸ばした。他の子が、彼の為にクッキーを作ったり、セーターを編んだりするのと同じように。
ゆきあつのことが好きだった。だからずっと一緒にいる。死んだ女を求め続けている彼を。どうしようもなく屈折した松雪集。

「ゆきあつ」
「―ん?」
「…すきよ」
「急になんだよ」
照れもしない。字が整列したノートから顔をあげて、どきりとするような顔でつるこを見るのだ。
「べつに、言いたくなっただけ」
そして千利子は手元の本に視線を落とす。
彼のなかに本間芽衣子は居る、少なくともゆきあつはそう望んでいる。ならばなぜこの幸福をくずすことがあるだろうか。
世界は密やかに停まりうつくしくあった。或は眠っているのかもしれない。すべてに目を暝り時は満ちることを待っていた。

20110806


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