じんたとめんま





どうしたの。
けぶるほどの白さをもつ細い手が額に宛がわれた。じんたは、ひやりとしたその感触に、おもわず息をついた。
白いワンピースに青いリボンを結んだ華奢な少女が、心配そうにベッドに寝転んだじんたの顔を覗き込む。小さな口が動く。少し乳臭い、かわいらしい声。
「どうしたのじんたん、お熱出たの?」
おおきな瞳で見つめないでほしかった。心拍数が跳ね上がる。
「あっ、ああ、ちょっと、微熱…っ」
じんたが焦ってそう告げれば少女は、くっと目を見開いて(嗚呼、お願いだから!)たいへんたいへん、とくるくる体を回した。
「もう、お腹だして寝たからだよじんたんっ」
くるりとこちらを振り向いて腰に手を当てる。かわいいな、素直にそう思う。長い白い髪がふわりと宙に浮いて、熱に潤む目でそれを追った。霞む視界。
「そう、だな」
「それとゆうべ髪乾かさなかったでしょー、気づいてたんだからね、」
めんま探偵はなんでもお見通しなのだ、へへーんっ。
無邪気に、ちいさな歯をむきだして彼女は笑う。いとおしいと思った。それは初めて出会った感情のようで、しかしずっと前から、抱き続けていたようでもあった。彼女は踊る、じんたの前で。誰にも見えないのに、自分の網膜にはこんなに、如実に映っている。
(今ならさわれる)
ほそい、腕を掴んだ。柔らかいきめの細かい肌。薄い肉と皮。(ほら)かんじる、―なんて、たよりないんだろう。
まるですぐに消えて失くなってしまいそうで、そう思った途端にぞっとした。
「ー?どうしたの、じんたん」
最後を微かに弾ませる、彼女のその呼び方が好きだった。短い前髪からのぞく額。青い瞳、低い鼻、小さい口、細い首、ワンピースからのぞく腕と脚。
それは幼き日の恋。現実を知って、傷ついて、ひねくれて、絶望して、そしてそんなときに、君はまた来て。
「―めんまは、天使、みたいだな」
赦す為に。傷を、癒して、そして僕の今を、認める―みたいに。

(君はほんとうに、そこにいるのか)

めんまは、銀の髪の少女は目の前にいて、こっちを変な顔して見ている。ぶさいく、もしこれがぼくの、ぼくだけの幻覚なのだったとしたら。
そんなの有り得ないだろ、じんたは、霞む意識でおもう。
めんまはこんなにちゃんとここにいて、ぼくは―彼女を、こんなに愛しいと、思っていて。
生きている人間を愛するのと同じように。

「めんま、…」
頭の奥が煮えるようだった。胸を占める純然たる恐怖に、髪を肩口まで伸ばした少年は息を荒げた。目から涙が零れた。
不思議そうな顔で、めんまは、こちらを眺めていた。
好きだよめんま、心の中で何度も何度も繰り返し呟く。好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。幾度唱えても想いは募るばかりで、消えない。
―もしめんまを失ったら。
自分はまた、あの孤独に叩き込まれるのだろうか。身を切られるような、心をねじりきられるような、あの孤独。そして再びめんまの幽霊を望み続ける。気狂い扱いされて、もう誰から顧みられることもなくて。

「いやだよ――めんま」

滑らかな髪がじんたの頬を撫ぜた。ほそい体に薄い胸、青い、リボン。愛しい人は、そのしなやかな腕でじんたを抱く。さら、さら、と長い髪の揺れる音。――息をする音がする。空気を吸って吐く、狂おしいほどに微かな、確かな音。
――生きてる、じゃないか、じんたは思う。ほらこんなに、温かくて、柔らかくて、息だってしているじゃないか。
「めんま、めんま、めんま、…」
じんたは譫言のように呟いた。


「だいじょうぶ?じんたん、お熱早く下がればいいね、そうだめんまお粥つくってあげるね、めんまねおかゆ食べると、お腹がね、ふくふくってなるの。めんま、いっちばんおいしいの、つくってあげるよ。だいじょうぶだよじんたん、泣かないで」



神様は、なんて、残酷なことをするんだろう。
(あなたは二度、僕からめんまを奪うんだ)




110717
20110718#修整


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