携帯と充電器よん





「あなたが私の絶対価値です」
CHはそう言って、整ったその面(おもて)を歪ませた。
「あなたが喜べば、嬉しければ、楽しければ…それが私の善です」
SHは黙って聞いていた。元来彼は人の言うのに茶々を挟めぬ人間であった。
「あなたが傷つけば、困れば、怒れば…それが私の、悪だ」
吐き捨てるように背の高い紳士は言う。SHはぐったりと、寝台に横になりほそく目を開けていた。
「あなたを愛しています」CHはそれを寧ろ、罪であるかのように舌に載せた。ひどく、苦々しいことであるかのように。
「あなたを愛しています、SH、何にも代えられぬほどに。あなたを…」
失えば耐え切れぬほどに。まっすぐなひかりを放つその瞳で、男は寝台のうえの人物をつらぬいていた。SHは天井を見ていた。ひくりとも動かなかった。CHは苦しげに続けた。
「あなたの、」
顔(目も額も口も鼻も顎も頬も)も、手(指も爪)も、足(脚も踝も踵も爪も)、頭脳も、体も、どこもかしこも、
「愛していますSH、あなたのどこか一つが損なわれたらと思うと、私は自分がどうなるのかも知れません。恐らくは怒り狂うのでしょう。泣き暮らすかもしれない。わたしはあなたそれほどに…狂おしいまでに、愛しています」なぜあなたはそれほどまでにかけがえがない。
それは寧ろ、憎々しげな調子ですらあった。そこに愛の甘さなどは含まれていないようだった。
「…あの男を」
その言葉を聞くとSHは、ひくりと額にのせた腕を動かした。
CHのくちびるが頬を引き裂くように吊り上がる。
「…あの男を、」
あなたはなぜ拒まない。悲痛な響きだった。あなたを愛している、狂気じみた言葉を吐いて、CHはSHのむきだしたほそい首に長い指を回した。
整った彼の顔からぽたぽたと涙が流れ落ちた。SHの唇に垂れる。舌が痺れるほどに甘美な味だとSHは感じた。
あいしている、CHは苦しげに口走る。息を吐いて口角を上げた。
「体ですか」
無理矢理襲われるのが好きですか、そういうご趣向なんですか。CHは細く息を吐いて言う。あの男がいいですか。あの男があなたの処女を奪ったのでしょう。
「こたえてください、」
CHは首から胸倉に指を移して、くいとSHの上体を起こした。黒い瞳から溢れる涙。無数のそれがSHの顔に滴り落ちた。
「あの男をいまでも愛しているのですか?」
きりきりと逞しい指がSHの首を絞めていった。霞む視界でSHはCHの顔を眺めた。激情に歪む顔は目も眩むほどにうつくしいと、彼はそんなふうに思った。くちびるをSHは動かした。

「――はなせ」

ヒッと気管が詰まったような音を立てた喉を所有していたのは、CHのほうであったようだった。
彼はびくりと身を震わせてSHの喉から手を離した。SHの頭が音を立てて寝台に落ちた。ぼたぼたと涙が顔から流れ落ちる。
口端に乗ったそれを、SHは玉露のようだとかんじた。
あ、うう、と背広を隙無く着こなした美丈夫は呻く。涙がその瞳から際限なく零れ続けていた。
SHは柔らかい彼の張ったシーツの上で目を閉じ思考する。
愛とは何か。
―携帯(かれ)にとって言語化出来ぬ概念を認識することは困難なことだった。SHは眉根を寄せる。ただこの男の涙は甘い。散髪は巧い。料理は美味い。苦悩に歪む顔はSHの胸を締め付ける。
愛とは何か。それは学者にとって空前絶後の大問題に等しいことをSHは識っていた。
(私は愛の何かを知らぬ)
(願わくはおまえが教えてくれないだろうか)(この手をとって!)






―――
泣くCHが書きたかったのです…酷い目に合わせてみたかったSHの独白はおまけ

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