携帯と充電器に





事物はぐじゃぐじゃと未整理のままSHのこころにぶち込まれてそれでSHはグッタリと疲弊する。
情報量を遮断した状態こそが望ましいわけだが元元音のせかいは断っている。

耳をひきちぎり切り落とす。若い頃にしたことだった。音は凶器であり無差別な暴力であったから。口から出るものも捨てた。
だんだんと人と話すことも無く退化していった口は結局大体がところ独り言くらいにしか使わなかったからどうでもよくなったのだ。
手と目があれば。
頁はめくれるし書き物もできた。

SHはそれでほんとうに満足だった。

CHはそれが残念だと云う。恐らくはヒトのような扱いをしようという目線でSHをみているのだろう。SHは他人からヒトと見られるということを半分諦めかけているのに。その厚情は要らないのだ、お畏れながら申し上げれば。
欲とか情とか振りかざす男をひとは紳士と呼ぶのだろうか。だとしたら不愉快ですらある。そんな虚飾を塗り付けるのはやめてほしい。既に他からの評価の価値など喪失しているはずである。
(それは…嘘だな)

SHはほんとうのことしか見たくない。知りたくないさわりたくない摂りたくない。
「きもちのわるいことだ」
隈の濃い男が呟く干からびた声は書斎に響きもせずに消えた。
農薬使用の品種改良の野菜しか食べたくありません、…そんな感じだ。

SHは席を立つ。休まねばならないという義務感が兆してきたからだった。ここ数年はとみに疲れる。日に幾度も眠る。
「しぬ、か」
自分の言葉にぞっとした。
このままぶちりと生が千切り取られて終焉(おわ)ったら。不安。馬鹿げたことだと大脳がわらう。

集中しているとき、または作業しているとき、自分の脳は疲労を知覚してくれない。無理矢理集中を継続する指示をだしてくる。
(情報摂取はそれはモバイルにとって何よりの最優先事項なのだろうけど)

おまえは体があることを忘れているのだなと笑った。
情報と向き合えば自分は幽霊のように思えてきてそこにはこわいと感じる隙間もない。べとりと事実が張り付いている。即ち自分を幽霊としてしか知覚出来ない。おまえはずいぶんといびつだな。
肥大した大脳だけがせせら笑った。

鏡があったから眺めた。
隈が濃く唇が萎び肌には艶がなく目は真っ暗で虚だった。しねばいい、と反射的に思った。
その途端足から力がぬけた。
「…れ」
動けなくなった。青が飛ぶ。何だこれ。
「――しい、えい、ち、」
名を喚べば救いが来てくれるような気がした。そんなわけがない。歩まなければ何も来ない、行かなければ与えられない。涙が出た。

かのひと、

コロンの匂いがする。やわらかなきぬ擦れの音。スーツの少しばかりゴツゴツとした、しつかん、

抱きしめられるのを感じた。


泣いてるのかな。
「―しいえっち、」
「―もう、だめです、」

触れられるところからゆっくりと熱が上るように感じた。男、いつもクールに取り澄ましたおとこ。

「―だめです、もう…」

舐めた涙はしおからくて、それすらがSHのからだをいやしていった。





20110704


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