兄さんの作る弁当はとても美しかった。


繊細な人なんだと分かるよ、と、頬をほころばせながら、少女は云った。その隣に座るのは、点々と星座のように散るほくろが特徴的な、優しそうな目をした青年。どちらの膝の上にも、にぎにぎしく彩られた弁当が広げられている。
黒いコートを隙無く着こなした青年―雪男は、箸を口に運びながら、少女の発言の趣旨を問い直した。
時刻は昼休み。噴水の前には、二人と同じように昼食をとる生徒たちの姿が数多くあった。
幼い印象を与える少女は一度、ぱっと頬を紅潮させてから、―あ、燐のことなんだけどね、…と蚊の鳴くような声で云った。
雪男はそんな彼女―しえみに、兄さん?と促した。青年の浮かべる微笑に元気づけられたのか、しえみはおずおずと話し出した。
「あのね…だって燐の作るお弁当、こんなにきれいじゃない? お花畑みたいだよ!」
花畑。
その彼女らしい発想に思わず苦笑しながら、雪男は手元の弁当に目を落とした。そぼろご飯。ふわっとした黄色い卵焼き。橙色の鮭。ほうれん草と豚肉のソテー。プチトマト。白いポテトサラダに、デザートのキャンベラは翠色。
「ね、燐って凄いよね!
こんなにきれいな、お弁当、つくれるなんて。
雪男にとって、それは、いつもどおりの何の変哲もない弁当だった。元々、雪男は大体の食事を、プロ並の腕前を持つ兄のお手製によって済ませている。
きらきらと目を輝かせるしえみに、雪男は緩く笑い返した。
「兄の唯一自慢出来る取り柄といえばこれだけですからね。しえみさんにこんなに感激していただいて、兄も喜ぶと思います。普段は本当にがさつなだけの、馬鹿な兄ですから」
「ううん、違う、違うよ雪ちゃん!燐はね、がさつなんかじゃないよ」
しえみの頬が興奮のせいかうっすらと色づいている。そのひどく必死な調子を、雪男は少しだけ可笑しく思った。同時に心にさす影も、知っている。
雪男は彼女に対しては、教師と生徒、もしくは昔からの顔なじみの子、素直に自分を慕ってくれる女の子、以上の好意は覚えていない。柔らかく白い、守るべきかわいらしいきもの。
だけれど、自分に対してなかなか言ってくれない本音を、打ち明けてくれない感情を、こんなにあっけなくさらっていく兄には、やはり…妬気じみた念を覚えてしまう。人間のつくりの魅力が段違いなんだとはっきり言われているような気もする。
「燐はね、ほんとは凄くいろいろ考えてるんだよ!
繊細なひとなんだと思うよ。だってそうじゃなきゃ、こんなにきれいなお弁当つくれないよ…?」
雪ちゃんは、やっぱり、燐のことちょっと誤解してるよ。上目遣いに言われて、雪男は思わずぐっとことばに詰まる。
「―しえみさんは、兄が本当に好きなんですね」
穏やかな微笑を崩さず言えば、しえみの顔はあっという間にりんごのように赤くなった。
「なっ何言ってるの雪ちゃん…っ」
耳まで朱に染まる光景を、雪男は素直に微笑ましいと思って眺める。崩れた鬢をきゃしゃな指で整えてしえみは咳ばらいした。
「とにかく…、あまり近くにいるからわからないこと、きっといっぱいあるよ」強い視線で雪男をいぬいた後には、わたしなんかがごめんなさいと、しえみは小さくなる。いえ、あいまいにごまかして、雪男は卵焼きを口に運んだ。






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